71 正当なる王位継承者
71
客室の中にまで聞こえてきた話し声と物音、その耳障りな騒音にマリアベルは目が覚める。
「なに……」
空はまだ夜明け前。
だというのに慌ただしく動き回る使用人達の様子を元侍女のマリアベルは不審に感じた。
こんな時間に王宮の使用人が騒がしく動き回るなんてなにかおかしい、さ嫌な予感がする。
だからマリアベルは自分の客室から出て、通りすがりのメイドを捕まえて訊ねた。
そうするとクロヴィスの宿泊する客室に凶器を持った不審者が入り込んだらしいと、教えられて。
マリアベルはクロヴィスの宿泊する客室へと、慌てて駆け付けた。
「クロヴィス様、大丈夫ですか!?」
「マリアベル?」
そして駆けつけたマリアベルの視界に飛び込んで来たのは、赤い血がべっとりと白いシャツに付着したクロヴィスの姿で。
「血がっ!?」
「あっ、これは返り血。俺のじゃないよ? 汚れるからあまり近付かない方がいい……」
……と言われたが。
本当に怪我がないのかマリアベルは確認するが、その身体には傷一つ見当たらなかった。
「お怪我は、ありませんね……」
「だから大丈夫って言ったろ?」
クロヴィスは心配するマリアベルを安心させるように軽く笑って見せるが、あまりにも酷い惨状が客室には広がっていて。
それは思わず目を背けたくなるようなもので、ここで確実になにかあったことが窺い知れた。
「『お母様、これは私のせいですか』」
「『ち、違うわ! 貴女はなにも……』」
「『クロヴィス様が狙われたということは私を女王にしたくない誰かの警告ですか? それとも私が持つ王位継承権が目的ですか? お母様答えて下さい』」
「『……貴女の事を公表したことによって、この国の貴族達は貴女を我が物にしようとしているの」』
「『やはりそういうことですか……という事はこれからもクロヴィス様は狙われてしまいますよね?』」
「『ええそうね。貴女を狙う貴族達にとって彼は邪魔だから……ごめんなさい、こんな事になるなんて思ってなかったよ」』
マリアベルに謝罪する女王エレノア、彼女とてこの事態は流石に想定外だった。
クロヴィス対して嫌がらせぐらいはあるだろうと考えていたが、まさか暗殺しようとしてくるなんて。
「『クロヴィス様を、この国の貴族達から守る方法はなにかありますか?』」
「『貴女が女王になって彼を王配にすれば……』」
「『……お母様、これ仕組みました?』」
「『仕組んでないわよ! 私は裏工作が好きじゃないの。それに仕組んでいたら昨日みたいな交渉を貴女にしないわよ、こうやって疑われるじゃない』」
◇◇◇
女王エレノアと王配シリルの間に生まれた正当なる王位継承者シャンタル王女は誘拐された末に殺害されてしまったものとされていた。
だが突然生きていると公式に発表されて、約二十年ぶりに無事の帰国を果たした。
これはそれを祝う為に開かれた夜会。
だがそれを手放しでは喜べない者達がいる。
それは他の王位継承者達とその親族達で、正当なる王位継承者シャンタル王女がアウラに戻った事により自分達が王位に就く可能性がほぼ無くなってしまった為である。
そして女王エレノアと王配シリルの間に生まれた正当なる王位継承者シャンタル王女は、夜会の場に堂々と姿を見せた。
女王エレノアに『王太女』として紹介されて。
「『王太女だと!?』」
「『女王が後継者をお決めになられた!』」
「『これはこれは……』」
その言葉に大広間にいた貴族達は一気に騒がしくなり、シャンタル王女の隣にいるクロヴィスの姿にも貴族達の注目が集まる。
……あの男はいったい誰なのかと。
「俺の為に女王になるとか、マリアベルはなに考えてんの……? 絶対後で後悔するぞ」
「私は後悔しませんよ、貴方を守れるなら。でもクロヴィス様が築き上げてきたものを奪ってしまう結果になってしまいました、すいません」
「俺の事は別に気にしなくていい。王配になれば外からレオンハルトの事を支えられるしな? でも女王はわかっててマリアベルの事を公表しただろ……すごい嬉しそうな顔してるぞ」
「やっぱり、クロヴィス様もそう思います?」
――そこへ。
「『シャンタル』」
マリアベルのもう一つの名前を親しげに呼ぶ声。
その声に振り向けば、灰を被ったような銀髪をもつ背の高い紳士の姿があって。
「『……お父様?』」
「『うん、会いたかった』」
王配シリルのその姿を一目見て、マリアベルはこの人が自分の父親なんだと直ぐに理解した。
顔は全く似てはいなかったが灰を被ったような銀髪が、自分のものと全く同じで。
「『私も、お会いしたかったです』」
「『それと君は確か』」
「『シャンタル殿下と婚約させて頂いておりますクロヴィス・ルーホン、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございませんシリル殿下』」
「『昨夜は色々と大変だったね?』」
「『いえ……』」
「『そうだシャンタル、一つだけ聞かせて欲しい、君は本当に王位を必要としているのかい?』」
「『えっ……』」
「『君が王位をどうしても欲しいと言うのなら話は別だけど……王になんかなっても苦労するだけで、なに一つ良い事がないからね。私は反対だよ君が女王になるのは』」
王配シリルは女王エレノアが、その地位のせいで苦労する姿を一番近くで見てきた。
だから娘にはそんな苦労はさせたくないのだ。
「『お父様』」
「『それに君を女王にしたいと言っているエレノアは王族として育ったからそれを当たり前として受け入れられたけれど……君は違うだろ? なのに婚約者の為に君はそこまでするのかい?』」
「『私はそれでも大切な人を守りたい』」
「『……そうか、じゃあ後の事は私に任せて』」
「『後の事……?』」
「『他の王位継承者達と、その親族。彼らは私が黙らせておくよ』」
他の王位継承者。
それはつまりマリアベルの弟や妹達のことで。
「『彼らから私は奪ってしまうのですものね……』」
「『ああ、気にする事はないよ。それは元々君のものなのだから……』」
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