22  男を見る目がない

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 耳に聞こえましたのは女性の叫び声。

 まるで悲鳴のような声はどこか聞き覚えのある声でございまして、その声の主はどなただったかしらと目を凝らしますと。

 

 そこには普段のお姿からは全く想像出来ないくらい取り乱されて、泣き叫ぶお義母様の姿。

 そして教会の扉を不躾に叩き開けろと喚く、オズワルド様の姿。

 

 その声に忙しく街を行き交う人々も足をぴたりと止めて、声のする教会を振り返り見ます。

 結果、教会前の道には黒山のような人集りがあっという間に出来あがり。

 騒ぎ立てる貴族の方々は、恰好の見世物のようになってしまいました。


 

「どうして……」


 私はいまいちこの状況が掴めません。

 どうしてオズワルド様とお義母様が、神聖な教会の前であんな酷い騒ぎを起こしていらっしゃるのか。

 

 そしてそこには妹リリアンや両親の姿も、遠目にですが見受けられる。

 そこでいったい貴方達は何をしているのかと、お聞きしたくなりました。


「……大丈夫かマリアベル?」


「ええ、ご心配ありがとうございますクロヴィス様。ですが私は大丈夫です、少々驚いてしまっただけでございますので……」


「そうか……ならいいが、あれお前の妹じゃないか? なんであんな酷い格好で騒いでるんだ……」


「さあ……私にもよく……?」


 本当に何故あんな所で恥ずかしげもなく揉めていらっしゃるのか、私にはわかりません。

 それにアレが自分の元婚約者だと思いますと、少々恥ずかしくなって参りました。

 

 そして目の前の光景を見ておりますと。

 

 教会の扉を叩き開けろと喚いておられたオズワルド様は、男性に羽交い締めにされて石畳の固い地面に叩き付けられて抑え込まれてしまいました。


 ……とっても痛そうです。

 お怪我されていないとよろしいのですが。

 

 そしてオズワルド様を羽交い締めにされました男性をよく見てみますと、あれはラフォルグ侯爵様。


「とりあえずここでアレを見ていても何も良い事はないだろう。だからマリアベル、ここから今すぐ離れよう」


「そうでございますね……」


 クロヴィス様のおっしゃる通り、あちらの方々に関わった所で良いことなど一つもございません。

 なので今は、気付かれていないうちにここを離れるのが得策でございます。


 ですが教会の事が大変気掛かりでございます。

 この騒ぎ、きっと教会にいらっしゃる皆様にご迷惑をおかけしてしまっている事でしょう。

 

「マリアベル? ほら、早く!」


「え、はいクロヴィス様」

 

 でも私が今ここであの場に出て行ってしまえば、火に油を注ぐ事にもなりかねません。

 なのでここはぐっと堪えまして、後ほど教会の方には謝罪しに参りたいと思います。

  

 

「あ……ま、マリアベル!?」


 人集りから外れて、クロヴィス様と二人この場を後にしようとしたその直後。

 

 ……私の名を大声で呼ぶ聞き慣れた声。


「なんです? 大声で人の名を気安く呼ばないで頂けますか、失礼ですよ」


「お前、本当にマリアベルなんだな!?」

 

  あれからたった三ヶ月しか経っておりませんのに、この方はもう私の顔をお忘れになったのでございましょうか?


「そうだったらどうするんです? 五月蝿いですね、いちいち叫ばないで下さいませ」


 ここはオズワルド様を無視して、この場を立ち去ってしまった方が本当はいい。

 それにこの場に留まれば私だけではなく、一緒にいるクロヴィス様も巻き込んでしまう。


 ……自分でもそう思うのですが。

 大声で気安く名を呼ばれた事に腹が立ちました。


「私に向かって何だその言葉遣いは! それにお前、この私になんの断りもなく勝手に結婚式の予約を取り消したのか!? 応えろマリアベル!」


「それは当たり前でございましょう? 結婚自体が無くなったのですから。貴方達お二人の身勝手な行いのせいで」


「そ、それは……」


 私に事実を軽く指摘されただけで、それ以上言葉が出て来ないご様子のオズワルド様。

 たったこれだけで何も言い返せないなんて貴族としては致命的、私はこんな不甲斐ない方を好きになったのかと自分の男の見る目のなさを初めて知ってしまい。

 

 ……とても悲しくなりました。


 そんな私を、隣でずっとこの場から引き離そうとしてくれておりましたクロヴィス様が。


「マリアベル? さあ、もう行こう」

 

「はい……」 


 そして今度こそここから離れようと致しますと。


「ちょっと待ちなさいよお姉様! 幸せな私に嫉妬して、結婚式をめちゃくちゃにするなんて酷すぎるわ……! 返してよ、私の結婚式っ!」


 そう大声で叫びながら。

 泣いたのかお化粧がぐちゃぐちゃになったリリアンが、私に迫って来ました。 


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