23 弾け飛ぶ、それは放物線を描いて
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……たぶんですが。
こちらに向かって迫り来る大変見苦しい姿の女性は、その声から判断致しますと私の妹リリアンなのでございますが。
いかんせん記憶の中の妹とアレは違っておりまして、困惑している次第です。
陽の光を浴びてキラキラと輝いていたリリアンのふわふわの金髪は、ウェディングヴェールの下で乱れて野暮ったくて品がなく。
それに着ているウェディングドレスもサイズが全く合っていないのでしょう、今にもはち切れんばかり。
そんなリリアンは化粧崩れを起こした見るに堪えない顔で叫び、私に掴みかかろうとします。
すぐそこに迫るリリアン、もう逃げられない。
なので私はやってくるであろう痛みを、瞼をギュッと閉じて待ちましたが、一向にそれはやって来ません。
いったいどうしたのかと、瞼を開けば。
クロヴィス様が私を守るようにリリアンとの間に壁のように立ち塞がり、今にも掴みかかろとするその手を捻り上げておられました。
「やめろ! 何をしようとしてるんだ!?」
「離してっ……! お姉様のせいで……その女のせいで私はっ、私の結婚式はめちゃくちゃになったの! 絶対許さない、殺してやるっ……」
「なっ、お前は言っていい事と悪い事があるのもわからないのか!?」
「うるさい! 貴方には関係ないでしょ!? 私の邪魔をしないでよ! その女が全部悪いの、私は何も悪くないもんっ……」
そしてその場で泣き喚くリリアン、その姿はあまりにも酷く無様でございまして。
これが血を分けた実の妹だと思いますと、姉として恥ずかしくて情けなくなりました。
貴族としての教育も勉強が嫌だと言って受けず、人に媚びる事だけが上手くなってしまったリリアン。
あのまま辺境にいればまだよかったものを、どうして王都に出てきてしまったのか。
「リリアン、子どもみたいに泣いて喚くのはもうお止めなさい。言いたい事があるならば淑女らしく胸を張って笑顔で話すのです。貴女も貴族令嬢でしょう?」
姉である私が妹に教えてあげられる事は、もうこれくらいしかありません。
「うるさい、うるさい、うるさい! お姉様なんて地味で不細工な癖にっ、この私に命令しないでっ!」
「リリアン……」
「私は可愛いの、だからお姉様と違ってお父様からもお母様からもオズワルド様からも愛されてるのっ! 勉強だけしか出来ないお姉様は愛されないの、いらない存在なのよ!」
そしてまた私に掴みかかろうとするリリアン、ですがまたクロヴィス様に阻まれます。
「お前、もう……ほんといい加減にっ……あ」
「へ……?」
「リリアンっ……!」
サイズの合わないウェディングドレス。
それはきっと私がオズワルド様のお義母様に譲られた、総レースのウェディングドレス。
『これは思い出の沢山詰まった大切なウェディングドレスだから、大事に着てくれると嬉しいわ』
と、お義母様は申されて私に譲られました。
……ですがオズワルド様と私は婚約破棄。
譲られたウェディングドレスはサイズ直しも済んでおりましたが、オズワルド様と結婚しないのに頂くわけにもいかず。
そのままラフォルグ侯爵邸に置いたまま。
そんなウェディングドレスをどうしてリリアンが着ているのかは私は知りませんが、我が物顔で着ておりました。
――勢い良く弾け飛ぶ留め具。
サイズの合わないウェディングドレスであれだけ好き放題暴れれば、そうなるのも致し方なく。
そしてとうとう限界を迎えたのか嫌な音を立てて裂けていく繊細な美しいレース、次第に顕になるのはコルセットとはみ出た贅肉。
「っき、きゃあああっっっ……!?」
絶叫するリリアンは自身の身体を掻き抱き、必死に下着を隠そうとしますが。
……焼け石に水。
「り、リリアン、これを着なさい……!」
あまりにも不憫な姿なので私は肩に掛けていたショールでリリアンの身体を隠します。
ですがいつの間にこんなに肥え……ふくよかになってしまったのか、身体が大きくて隠しきれません。
そこへ。
「マリアベルこれも着せてやれ、少しは隠せる……」
クロヴィス様がご自分のジャケットを脱いで、リリアンに貸してくださいました。
やはりクロヴィス様はお優しい方です、こんな方の側にずっと居られたらきっと幸せでしょう。
「ありがとうございますクロヴィス様、ほらリリアンこれも着て……早く……」
手早く渡されたジャケットをリリアンに着せます。
クロヴィス様のジャケットならば、リリアンの大きな身体でも隠せるでしょう。
「なんで、お姉様、私、私っ……」
「もういいから、大人しくしていなさい……」
泣きじゃくるリリアン。
その姿は大きな子どものようで、決して貴族令嬢の姿ではない。
どうしてこんな事になってしまっているのか。
それはもちろん淑女教育を嫌がって受けなかった、リリアン自身の責任でもあるのですが。
普段溺愛しているリリアンの暴挙を止めるでもなく、そして助けに入るでもなく。
ただ呆然と、そこで私達は無関係だと言う顔で眺めている両親の責任でしょう。
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