32 アイリーン王妃殿下

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 王妃殿下からお召がかかり。 

 急ぎ準備を整えやって参りましたのは、アイリーン王妃殿下が住まう月光宮。


 ここ月光宮はレオンハルト第一王子殿下が住まう銀獅子宮よりも一回りほど大きく、朱色を基調とした絢爛豪華で美しい宮。

 宮の庭園にはいつも美しい花々が咲き誇り、王宮で一番美しい宮と言いましてもそれは過言ではないでしょう。


 そんな月光宮に仕える事の出来る侍女は、経験豊かで名家出身の方達ばかり。

 なので本来は私のような新参者の侍女は、足を踏み入れる事さえ許されません。

 

 しかしながら私マリアベルは、レオンハルト第一王子殿下の侍女であることから。

 『レオンハルトの日々の様子が知りたいの』

 と、アイリーン王妃殿下にレオンハルト第一王子殿下についての定期報告を仰せつかることになり。


 多くても週に一度程度ではございますが、こちらの月光宮には定期報告に伺わせて頂いております。


 なので月光宮で働く先輩侍女の皆様とは全員顔見知り以上に大変親しくして頂いておりまして。

 すれ違う度に皆様にお声かけして頂けます。


「マリアベルちゃん! 聞いたわよ、大丈夫だった? もし困った事があったら私に出来る事があれば力になるからね!」

 

「はい、ありがとうございます。その時は是非よろしくお願いいたします」

 

「あら! 今日は素敵なお召し物ねマリアベルちゃん、そうよ貴女まだ若いんだからそのくらい着ないとね! よく似合ってるわ」 

 

「ありがとうございます。いつも素敵なドレスをお召のミラ様にそうおっしゃって頂けるなんて大変光栄でございます」


 月光宮にいらっしゃる侍女の皆様はお優しい方ばかりで、ここに来ますと心が落ち着きます。

 

 ですが気を緩めてばかりはいられません、これからアイリーン王妃殿下との謁見。

 

 一切の失礼がないように気を引き締めなくては、私を一から教育してくださった侍女長様の顔に泥を塗る事になります。

 

 目の前には金で縁取られた重厚な扉。

 この扉の先ではアイリーン王妃殿下が、私の事を待っていらっしゃるはず。

 扉を軽くノックして入室の許可を頂き、音をなるべく立てないようにゆっくりと開ける。


「失礼致します。銀獅子宮の侍女マリアベル、お呼びに預かり急ぎ馳せ参じました」


「あら……いらっしゃいマリアベル、さあどうぞ奥までいらっしゃいな」


「はい、かしこまりました」


 透き通るような涼やかな声に、穏やかな口調。

 その声に促されるまま部屋の奥へと向かえばそこには、社交界の咲き誇る薔薇と比喩されるほど美しいアイリーン王妃殿下が侍女長様とお茶を飲んでお話をされておられました。


「ふふ、待っていたのよマリアベル? あらほんとに良く似合ってるじゃないそのドレス、クロヴィスが選んだにしてはとっても素敵」


「あら、私がそう言ったじゃございませんか妃殿下。ほんとに疑り深い方なんですから……」


「侍女長、わたくしは自分の目で見てないものは信じませんの。それにしても大変だったのね、レオンハルトに聞いて驚いちゃったわ……!」


  侍女長様から私へとゆっくりと視線を移されますアイリーン王妃殿下、その大きな瞳は私の事を気遣うように細められる。

 

「過分なご心配誠にありがとうございます、アイリーン王妃殿下。ですがクロヴィス様がお傍に居てくださったので何も問題ありません」


「あらそうなの? ずっと子どもだと思っておりましたけど、クロヴィスも一人前の大人の男なのね」


「よちよち歩きだったクロヴィスもついこの間成人致しましたからね……時の流れというものは早いものですわ妃殿下」


「ほんとね侍女長。女の子が苦手だったレオンハルトもそろそろ成人、そうなったらエリザベスと結婚でしょう? この間まで『父上倒して母上と結婚するー 』って言って可愛いらしかったのに……」


 よちよち歩きのクロヴィス様は、さぞ可愛らしかったのでしょう。

 それにレオンハルト第一王子殿下がそんな可愛らしい事を小さい頃おっしゃっていたなんて初耳で、つい想像して顔が緩んでしまいます。


「あ、妃殿下。マリアベルに何かおっしゃることがございましたのでしょう?」


「あ、そうそう忘れる所でしたわ。マリアベル、貴女とクロヴィスの結婚式三ヶ月後執り行う事にしましたから」


「へ……」


「急遽だったからウェディングドレスは私のお下がりになるのだけれどそこは我慢して頂戴ね? もう衣装店の方には来て頂いてるから後で採寸して貰って、今からならギリギリですけれどサイズ直し間に合うみたいですから」


「アイリーン王妃殿下……?」


「あと式場はお義父様にお願いすれば教会を使わせてくれるでしょうし……だからマリアベルが結婚式までにすることは招待状を出すことだけかしらね、でもそれは侍女長と二人でやればたぶん間に合いますわよね?」


「はい、左様でございますね。マリアベルと私の二人がかりならば、仕事をしながらでもひと月も

あれば書き終えられると存じます」


「あの……! アイリーン王妃殿下!?」


「あら、どうしたのかしらマリアベル?」


「結婚って、え、あの……」


「貴女結婚するんでしょうクロヴィスと! 教会の前で宣言しちゃうなんてやりますわね? それにねこういうのは少しでも早い方がいいのよ」


「どうして知って……」


 それ、いつの間に知られて!?


「それにルーホン公爵はさっき呼び出して私から結婚の許可貰っておいてあげましたから心配しないで? あとは貴女とクロヴィスのサインだけで婚約成立ですのよ」


「よ、呼び出し!? 婚約……で、ですが、私、養女の件でもまだ……揉めておりまして」


「ああ、それは私の実家がどうにかしてくれるから心配しないで頂戴。ルジェ公爵家を敵に回したら後に残るは死だけ、ペンペン草も後には残らなくてよ?」

  

「えっえっ……?」


 アイリーン王妃殿下のご実家が?


「楽しみね、侍女長! マリアベルがクロヴィスのお嫁さんになったら、レオンハルトの所からマリアベルをこちらの宮に移して頂戴」


「……それはなりません妃殿下、マリアベルがいないと王子殿下が拗ねるので」


「そんな! わたくしがマリアベルをずっと狙ってたって知ってるでしょう ? なのにそれを貴女は阻むというの!? 酷いわ、やっぱり侍女長は鬼よ」


 私を狙う……とは?

 

「エリザベス様と王子殿下がご結婚されるまで我慢して下さいませ妃殿下、そうしたら拗ねたりなんて恥ずかしくて出来ないでしょうから」


「何を言ってらっしゃるの侍女長、エリザベスもマリアベルの事を狙っておりますのよ!?」


「そこはまあ……嫁と姑でどうぞ戦って下さいませ」


 

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