35 真実

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「そう……あの人がそんな命令をクロヴィスになさったの、ふぅん……? ふふふ」


 手に持った扇をパチンと閉じた王妃アイリーンは、その華やかな美貌に冷笑を浮かべる。


「っ……」


 その歪んだ微笑みをすぐ側で見てしまったクロヴィスは言い知れぬ恐怖を全身に感じ、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「ええ、父上はそんなことをクロヴィスに宣っておられましたよ。その場で玉座から引きずり下ろそうかとも思いましたが……軽く窘める程度にしておきました」


「あら、優しい子ねレオンハルトは。玉座から引きずり下ろしてくださっても、よろしかったのに……」


 躊躇なく父親の首筋に剣を突き付ける息子のどこが優しいのだろうかと、クロヴィスは思う。

 だが別に国王に怪我はさせてないし、レオンハルトがそのような行動を取ってくれたおかげでマリアベルと別れなくて済んだわけで。


 確かにレオンハルトは優しいのかもしれないと、クロヴィスは考え直した。


「昔はあんな冷たい人じゃなかったのですよ? ですが今は国の利益しか見ていらっしゃらないのよねあの人。ほんと困ったわ……それに何かわたくしに隠しているような節が……」


「父上が母上に隠し事なんて珍しい、いつもすぐにバレるのに……とりあえず後のことは母上におまかせします」


「ええ、確かに任されました。それとクロヴィス、なにも心配せずとも大丈夫ですよ? このわたくしが、あのわからず屋を黙らせますからね」


 そしてアイリーン王妃は再び扇をバサリと軽やかに広げ、口元を隠し優雅に微笑む。

 その微笑みは美しいのに、やはり近くで見ると背筋がゾクゾクとしてやっぱり怖い。

 だからクロヴィスは、これから黙らせられる予定の国王陛下にほんの少しだけ同情した。



 

◇◇◇


 

 

「それで、シュナイゼル。わたくしに何かおっしゃることがあるのではなくて?」


「アイリーン……少し、待とう?」


「あら、何を待つ必要があるのです?」


 パチンと手に持った扇を閉じて、夫である国王の首筋を王妃アイリーンはゆったりと撫でる。


「ちょ、アイリーン止めなさい……」

 

 別に扇で撫でられた所で痛くも痒くもない。

 だがそこはさっき宰相達がいる前で、息子に無能と罵られて剣を突きつけられた場所。

 だから国王は嫌な記憶を思い出してしまい、再び顔色を悪くする。


「ねえどうしてクロヴィスにそんな酷い命令をしたの、あの子のこと息子同然に可愛がっていたでしょう? それにわたくしに何を隠していらっしゃるのシュナイゼル……」


「それは……言えない、私一人で解決する、君には関係ないことだから。もうこの話は終わりだよ」


 首筋を撫でる扇を手で制し。

 王妃から目を背け、勝手に話を終えようとする国王シュナイゼル。

 ……その態度に。 


「……はあぁ?」


「っ……あ、アイリーン!?」


 今の今まで纏っていた王妃らしい華やかな雰囲気や、美しく洗練された言葉遣いや所作を全てかなぐり捨てて。


 アイリーン王妃はキレた。


 そしてこの場から逃げようとする国王の足に、王妃は軽やかにヒールで蹴りを入れる。

  

「シュナイゼル、あなたいい加減にしなさいよ!? わたくしが大人しくしてれば調子に乗って……なにが『アイリーンには関係ない』よ! 舐めるのもいい加減にしなさい、わたくしはね王妃なのっ……貴方の伴侶なのよ!?」

 

「え、アイリーン!? 蹴っ……」


「今すぐ理由を言いなさい、じゃないと……離婚よ? それとお義母様……エリザベート様に言いつけるわよ?」


「離婚!? 待って、それだけは……それに母上に言うのは冗談でも止めろ!? せめて父上で……」


「嫌よ、お義父様じゃ大して役に立たないもの。やはりここは今でも色褪せぬ社交界の大輪の赤薔薇エリザベートお義母様にお願いを……!」


 アイリーンは前王妃が大好きである。

 前王妃エリザベートはいつも嫁であるアイリーンの味方になってくれるし、シュナイゼルを叱ってくれるから。


「……わかった、わかったから! アイリーン、全部話すから! ほんと母上だけは呼ぶの止めて」


「あら? まだ母親が怖いなんて、シュナイゼルはいい歳してお子ちゃまね」


「それは君達……嫁と姑が手を合わせるといつも事が大きくなるからだよ」 


 

 そして国王シュナイゼルが語る事実に、王妃アイリーンは目を大きく見開いた。


「嘘でしょう? アウラの姫君を誘拐……って」


「あちらもなるべく穏便に済ませたいって言って来てる。だから結婚という形でアウラに返して欲しいと……」


「ハインツ子爵がやったの……?」


「ハインツ子爵は犯人から金を貰ってマリアベルを実子だとして届けて育てただけ。本当の犯人は女王を快く思わない貴族が雇った裏社会の人間でね、本当は殺せって言われたらしいんだけど……流石に姫君を殺す事は出来なかったらしい」


「それ、わかったのって……」


「二年前レオンハルトの婚約発表の夜会でマリアベルを見た大使があまりにもアウラの女王に彼女が似てるって言うので調べた、すぐにハインツ子爵は金を貰って育てたって吐いたよ?」


 ハインツ子爵の領地はアウラとの国境だから犯人には丁度よかったんだろと、国王シュナイゼルは最後に付け足した。


「じゃあどうしてすぐにそれを公表しなかったの! それにわたくしに黙ってるなんて……」


「全ての証拠が出揃って公表しようとした時には、マリアベルはラフォルグ侯爵家の嫡男と婚約しててね。女王も恋人と引き離すのは可哀想だということで、ハインツ子爵にもそのまま黙っているように誓わせた。喋ったら縛り首にして城壁に晒すって脅してね?」


「じゃあわたくしに黙っていらしたのは?」


「君、言ったら絶対に態度に出るでしょ? 私と違って彼女にしょっちゅう会ってるし」 


「……で、婚約破棄したなら返せと?」


「まあそういこと」

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