2 奪われた(寝取られた)婚約者

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「オズワルド様がおっしゃりたい事は一応ですがわかりました。ですが……この仕打ちはあまりにも酷いです。もう結婚式まで日がないのに……どうしてこんなこと」


 結婚式まであと三ヶ月。


 なのに今さらこんなのって。


「君が怒るのもわかる。だがもうこればかりは、どうしようもないことなんだ。わかってくれマリアベル」


「私はいったい何をわかればよろしいのでしょうか? 婚約者に裏切られて、結婚式間近で捨てられてしまうこと……でしょうか?」


 ……それとも。

 私からオズワルド様を奪ったリリアンと貴方の結婚を認めて祝福しろ、ということなのでしょうか?


「うっ……そ、それに今回の事で、君には少なくはない額の慰謝料を渡すつもりだ。だから……」


「そんなお金なんかで……! 貴方はこれが許されるとでも、本気で思っていらっしゃるのですか!?」


 私はふつふつと沸き上がってくる怒りに任せて、つい声を荒げてしまう。


 抑えようとしても抑えられない怒り、それは私を裏切ったオズワルド様のせい。


 でもその姿はきっと可愛いくなくて、私は悪くないはずなのにここから逃げてしまいたくなる。


 どうしようもなく胸が苦しい。


 こんな可愛いくない姿、オズワルド様にだけは見られたくはなかった。

 だって貴方は私の地味な容姿を、初めて可愛いと言ってくれた特別な人。


 だから笑顔の可愛い私だけを、貴方にはずっと見ていて欲しかったのに。


 どうしてこんな事に、私達はなってしまったのでしょうか?


「マリアベル、つまらないワガママを言っていないで大人しく私の言うことを聞くんだ。それにまだ結婚もしていない他人の君に、本当は金を払う必要なんてないんだぞ?」


「なっ!? 他人って……」


「この金はリリアンが……急に結婚出来なくなった姉が可哀想だと言うから用意したものだ。慈悲深い妹に君は感謝したほうがいい」


 『リリアンに感謝しろ』と、私に言い放ったオズワルド様の声はひどく冷たく淡々としていて。


 私にはもう何の感情もないということが、その声音だけで窺い知れてしまい。


 私達はもう本当にこれで終わりなんだと。


 私はオズワルド様に捨てられるのだと。


 そして妹に婚約者を奪われたのだと、私は確信してしまいました。

 


 そんなマリアベルとオズワルドの二人を、それはそれは楽しそうに眺めていたリリアンは。


「ふふ。私が慈悲深いだなんて、オズワルド様は褒め過ぎですわ。私はただ、お姉様に申し訳なくて……」


 などと白々しく言う。


「リリアン、君は本当に優しくて心が清らかな、聖母のような女性だな。私の子が君のお腹の中にいる事を嬉しく思うよ」


「あら、お優しいのはオズワルド様ですわ! 私のワガママを聞いてくださって、可哀想なお姉様にお金を用意してさしあげるなんて」


 そしてリリアンは怒りに震えるマリアベルに対して、勝ち誇ったように笑う。


「オズワルド様、私はこんな一方的な婚約破棄は絶対に認めません。それにいくらなんでも貴方とリリアンの結婚なんて周囲が認めませんよ?」


「認めぬも何も、君がいくら嫌だと言った所で全て無意味。それに君の両親にも今回の事の許可はもう既にとってある。だから君が何を言おうと、婚約破棄を拒否しようと無駄なんだよ」


「両親に許可? それ、どういう……」


「君と私の婚約破棄、そしてリリアンと私の婚姻許可だ。だからもう私達の前に現れないでくれ、君はもうこの私にとっては邪魔なだけの存在なんだよマリアベル」


「邪魔……」


 そしてオズワルドはマリアベルに、君はもう邪魔なだけだと最後に冷たく言い放ち。


 大事そうにリリアンの肩を抱いて、マリアベルの前から去っていく。


 そしてその場にたった一人、残されてしまったマリアベルは。


 初めて愛した婚約者に裏切られた悔しさと、婚約者を奪っていった妹への憎しみで。


 その場で人目もはばからず、子どものように泣きじゃくりました。


 


 ……あれから、どうやって自室まで帰ってきたのかよく覚えておりません。


 ですがふと目が覚めましたら、私は王宮にある自室の寝台で夜着にも着替えず眠っておりまして。


 少し開いた分厚いカーテンの隙間からは、朝の日差しが部屋の中に差し込んできていました。

 

「あ、仕事……」


 昨日は急にオズワルド様に呼び出されて。

 仕事の途中で出てきてしまいましたが、色々あって業務には戻れませんでした。


 なので同僚の侍女達には、ご迷惑とご心配をおかけしてしまったことでしょう。


 だから今日は早く仕事に行って皆さんに、ご迷惑をおかけしてしまった事をキチンと謝らなければいけませんのに。


「オズワルド様、どうしてっ……」


 涙と感情がまた溢れ出して。

 私はその日、寝台からなかなか起き上がることが出来ませんでした。


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