47 世迷言

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「ふふ、残念でしたわね?」

 

 ぞっと背筋が凍るような視線を国王と大使に向けた王妃アイリーンは小馬鹿にしたように笑い、勝ち誇る。


 鼻で笑う王妃、その腹の立つ笑いにアウラの大使の表情からは笑顔が完全に消えて真顔に戻る。


「国王、これはどういうことですか」


 不快感を顕にする大使。

 

 表面上は下手に出ていた大使、だったが。

 実際はこの国ネムスを自分達の支援なしでは立ち行かない、弱小国だと見下している。

 だからそんな態度を一国の王に取る。


 そんな大使の態度に。

 非常に面倒な事になったと、国王シュナイゼルは長い息を吐いた。

 アイリーンの気持ちはシュナイゼルとて痛いほどわかる、クロヴィスの事は実の息子のように可愛がっていた。


 ……だけど今、アウラに見放されればせっかく発展してきたというのに以前の状態に逆戻りしてしまう。

 国を治める者としては政に私情を挟む事は出来ない、どんなに腹が立ったとしても。

    

「大使、この件について私は関与していない。ですが直ぐに対処致しましょう」


「対処……ですか?」


「……ええ、きちんと話せばわかってくれるでしょう。彼もこの国の人間ですから」


 教会の決定に逆らうのは難しい。

 それにマリアベルに別れろとは言えない。

 けれどクロヴィスはルーホン公爵家の後継者であり第一王子の側近、そしてこの国の貴族。

 

 ……国の意向には逆らえない。


 逆らえば側近から外され後継者の座が失われるどころか、貴族としても終わり。

 こんな事はあまりしたくないが、先に約束を破ったのクロヴィスの方。


「ほう、話をして頂けると?」


「ええ、ですから大使はなにもご心配なく……」


 恥ずかしげもなく謀略を巡らせる、馬鹿旦那といけ好かない隣国の大使。

 その聞くに耐えない会話に、王妃アイリーンはパチンと高い音を立てて扇を閉じる。

 

「シュナイゼル、もういい加減にして! アウラからの支援なんて……」


 『アウラからの支援なんて、こちらからお断りして』そう王妃アイリーンは言いかけた。 



  

 ――その時。

 晩餐会が行われた会場の扉が。

 ギギギギギ……と音を立ててゆっくりと開く。


 開いた扉の前にはにっこりと嫋やかに可愛らしく微笑む貴婦人の姿、その美しく愛らしい姿に晩餐会の会場にいた人々は目を奪われる。


 染み一つない美しい肌は白く透き通り、少し癖のあるチョコレート色の髪は艶やかに揺れる。

 そしてどこか不安げな表情と清楚な雰囲気は、その場にいた男達の庇護欲をそそる。


 その愛らしい容姿の貴婦人に、王妃アイリーンはすごく見覚えがあった。


「あ、フォンテーヌ……公爵夫人っ!?」


「本日はお招きを頂きましてありがとうございます。王国の月の女神にご挨拶を、アイリーン王妃殿下」


「どうして貴女がここに……?」


 アイリーンがお茶会に呼んでも、夜会に呼んでも出席してくれるのは年に一度あるかないか。

 なんやかんやと色々理由を付けて、出席拒否を繰り返す社交界では幻の存在。

 夜会で会えたら奇跡とまで呼ばれるフォンテーヌ公爵夫人が、どうしてこの晩餐会に。


「……アイリス・フォンテーヌ、この度公用語の通訳という大役を仰せつかりましてここに馳せ参じました。遅れてしまい……申し訳ございません」


 王妃アイリーンの問いに、フォンテーヌ公爵夫人は困ったように儚げに微笑む。

 

「公用語の通訳……?」


「はい、それと……私の大切な友人の娘が困った事になっているとお聞き致しまして」


「あ、友人……!」


 フォンテーヌ公爵夫人の大切な友人。

 それは隣国アウラの女王、エレノア・アウラ。

 

 それは女王エレノアがまだ即位前。

 まだ王女であった時代に、フォンテーヌ公爵夫人との間に築かれた特別な友情。


 そしてフォンテーヌ公爵夫人の友人が、アウラの女王だという事実をこの国の誰もが知っている。

 だからフォンテーヌ公爵夫人がお茶会や夜会の招待を断っても、誰も何も言えない。


 彼女の存在があるからこの国ネムスと隣国アウラは、友好関係が築けていると言っても過言ではないのだから。


「ですから、私にお手伝い出来る事があればおっしゃってくださいませ? アイリーン王妃殿下」


「フォンテーヌ公爵夫人、ありがとう……」

 

「それに『人の恋路を邪魔する馬鹿は馬に蹴られて死んじまえ』という素敵な慣用句が遠い国にあるんですよ。皆さん知ってます?」


「……え?」


「ほんと、蹴られちまえ……」


 フォンテーヌ公爵夫人はポツリと、その愛らしい容姿に似つかわしくないドスの効いた声で呟き。

 国王シュナイゼルとアウラの大使キルデリク・アブラームを、その大きな瞳で忌々しそうに冷たく睨みつけた。


 そんなフォンテーヌ公爵夫人に、国王シュナイゼルは目を見張り驚いた。

 その儚げな見た目通り、嫋やかで気の弱い貴婦人だと思っていたから。


「フォンテーヌ公爵夫人? 蹴られ……」


「あら! ふふ、国王陛下が世迷言をおっしゃってるのが聞こえてしまいまして! つい……ごめんあそばせ?」 

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