第2話 蜘蛛


 *


 今日も検索を開いて、検索欄に「大阪 子供 行方不明」と入力する。警察の知り合いがいない彼に可能な、もっとも広域な情報収集である。

 結果を見て、彼は溜息をついた。初っ端から、昨日と同じホームページが立ち並んでいる。二ページ目も三ページ目も、見るまでもなく四ページ目も。彼はそろそろ、このやり方に行き詰まりを感じていた。


 その時、閃く。


 「大阪」を思い切って、別の単語に変えてしまおう。黒井は、そこだけは不可分だと判断していたが、改めて考えなおすと、その思考には穴があるようだ。

 確かに、二人の死は大阪であるが、他の参加者についてが不明である以上、その二人が例外な可能性は大いにあり得る。犯人からすれば、府外に拠点を置いた方が、警察の管轄をまたぐので好都合だろう。会場は堺だったが、それは開催者や参加者が、大阪出身であることを示すのではない。

 府外という条件に合致する候補地はおびただしいこと恐ろしいが、セミナーを大阪に決めたくらいだから、そこまで離れた土地ではないはずだ。少なくとも近畿地方だと当てを付けた。まず、どこを調べるか。


 黒井は、奈良県を調べることにした。彼の住む、羽曳野市からもっとも近い府外である。外に出れば、彼の家の駐車場から、奈良の二上山が見えるくらいだ。それに例のセミナーの主催者が奈良弁であることは、妹の話から判っていることだった。

 彼はセミナー以来、その妹が毎朝、二上山に向けて瞑想していたことに、今更ながら気づいた。方角が重要とばかり思い込んでいたので、そこに二上山があると思い至らなかったのである。 

 主催者が、神道系のセラピストだということは掴んでいた。山を信仰するのは、いかにも神道的である。おそらく、彼の拠点はその山の周辺だろう。


 「奈良 二上山 子供 行方不明」。単語を打ち込みながら、奈良全体を調べるだけで、どれだけ時間がかかるだろうと思った。その上、奈良とは限らない。いきなり正解を引く確率は低い。だが必ず引かないわけではない。


 *


 「奈良 二上山 子供 行方不明」の検索結果が出る。


 スクロールするが、二上山の魅力を伝えるサイトばかりだった。「行方不明」にバツ印がついていることから、その単語は検索に引っかからなかったらしい。

 一応、画像検索もしておく。適当に斜め見している途中、ある画面に目が留まり、スクロールする人差し指の動きがとまった。それは看板だった。


『この先 聖域につき 立ち入り禁止』


 この『聖域』とは、以前に、妹が話していた『聖域』のことではないか。

 「『聖域』なら、私たちは救われるのかな」。その時は、その二文字を暗喩だと思い聞き流していた。例えば、差別や偏見、因習のない世界を『聖域』と呼び、そんな世界へ飛び立ちたいと。しかし、実際に存在するとなると話は変わってくる。

 写真を観察する。銀の金網に白い鉄製の看板が、針金で固定されている。青地のフォントは、その文言の公式性を主張しているようだが、非実在が肯定されているようで、むしろ不気味だ。さらに、『聖域』だけ赤く、地獄染みている。網の向こうには藪が、窒息しそうなほどに鬱蒼としていた。

 画像の下にあるリンクをクリックする。ブログ名は『さとりの探検記』。黒の背景に白の文字、協調したい箇所だけ毒々しく蛍光色を使用しており、まるでネガになった女学生のノートを眺めているようだった。典型的なインターネット黎明期の個人ブログだ。右上にある今日の来訪者数は二人目だった。一人は作者であろう。


 *


 ブログ主はサヌカイト採集のため片田村を訪れたらしい。サヌカイトはとても貴重な鉱物であり、さらに貴重であるサヌカイトの石器が、片田村付近で採集されたという噂を耳にした。

 片田村へは相当な酷道らしく、軽自動車が様々な問題を起こしながら、目的地へ至る様子が、写真とともに克明に記録されている。

 主は、片田村に到着すると、片田村歴史資料館へと向かった。まるで標識の進入禁止みたいに伸びる村の道路、その直線部分の中央、つまり円の中心に廃校となった片田小学校があり、その校舎を再利用する形で資料館は存在している。館内では石器が展示されていた。どうやら噂は真実だったらしい。ブログの主はこの発見を、トロイの木馬を発見したようなものと大げさに例えている。


 黒井は、奇妙な村の地図を取り込んで、複製コピー機に出力させた。この地図、そして山の地図は、後々、役に立つかもしれない。


 それからどうも、彼ないし彼女は北上して、山へ登れないか探していたようだ。北部に奇妙な平地があるとのことだった。山の傾斜に現れる平らな箇所、衛星写真では確かに遺跡のような構造物がある。円形の石でできた建物。そこへ至る道を探していたらしい。

 ここで例の写真が登場する。『聖域』の看板が現れたのは、村をぐるっと囲う環状道路を時計回りに辿って、平地まで登れそうな場所を探していた、その時だった。まず柵に囲われた地域があり、その柵の途中のあの看板があった。

 『この先 聖域につき 立ち入り禁止』。さとりは推理する。この『聖域』はこの先にある畑のことで、『立ち入り禁止』は畑の作物を食い荒らす害獣へ向けた言葉なのではないかと。

 しかし、黒井の推理は違っていた。まず、看板が森ではなく道路に向いている。だから村側への忠告であると判る。そして金網の高さである。壁がおよそ二メートルと害獣用にしては高すぎるのだ。一番、体高が高い日本の野生動物は、おそらくヒグマであり、それにしたって 1.5 メートルもない。その上、本州には一回り小さいツキノワグマしか生息していないのだ。この二メートルの柵はやはり、国内最体高の動物、すなわち人間を意識したものではなかろうか。それは、ぞっとする推理だった。

 主は帰り際、もう日が落ちそうな黄昏時、道路の奥になにかを見たという。それは遠く、遠視もあいまり、正体不明だが、ただ言えることは、あれは決してビニール袋などの見間違いではなく、生き物の動きだったということだ。その生き物は巨大な蜘蛛だった。

 さとりは見なかったことにして、散策はあきらめ、直ちに村を後にした。あの村には、なにかがいる。


 *


 創作ではなかろうか。フェンスについて筋だった推理をしているのに、急ブレーキを掛けたかのように、怪異の存在を認めているのが、どうもちぐはぐだ。それは、それだけ、その存在が真実味を持っていたという証拠なのかもしれないが。

 しかし、仮に怪物が創作だとして、看板や、柵に囲われた地区までも作り話だとは、思えない。たかがでっちあげで、あのような看板や、金網を用意するなど、到底思えないのだ。また、あの経年劣化は、偽物では醸しえないだろう。

 だから『聖域』については信用してもよい。そして、妹が生前口にしていたその領域に、この足で赴きこの目で確認する必要がある。一体、『聖域』とはなにか、消えた子供たちの行方はいかに、という謎を解き明かすため。片田村へ行こう。

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