第43話 答え
*
「さて、黒井、そろそろ答えを知りたくはないか」
長谷川は、ここの新たな主といった、いで立ちで尋ねた。
「もう解決したじゃないか。西田が誘拐の犯人で、それは呪いの材料にするためだった」
「雪の密室。まだ、謎は解けていない」
「超科学的な力が働いたんじゃないのか」
「この世に不思議は存在しない」
と彼女は静かに断言する。
不可解の連続の中で風化した考え方だ。しかし一体、妖怪、怪物、幽霊、神、をどう現実に引き下ろすのか。しかしながら、彼女は可能だといった。それらを一網打尽にする案が、あるらしい。
「いろいろ、考えているうちに、私はある可能性へと至った。どうやら、前提を間違えていた、のだと」
黒井はぴんとこない。前提を間違える、とは具体的に、どの部分だろう。
「この事件が起きたのは、まさに、この事件が解けないからだ。もしも、私たちが、彼女たちのような存在を頭の片隅に置いていればな、このような悲劇は起こらなかったかもしれない」
「それは、どういうことだ」
「そのままの意味だ。私たちはもっと、苦しんでいる人間に興味を持つべきだった。無関心が問題だったのだ。そういった人間を無視して物事を進めることは出来ない。するしないは個人の自由だが、ただ出来る出来ないは別の話だ」
彼は、それがどういう流れなのか、うまく解釈できなかった。道徳が一体、どのように正解に関わってくるというのだ。もし、そうなら前代未聞である。彼女の大きな目は少し濡れていて、まつげは黒く生えそろっていた。
「私だって人間なのだよ」
と前置きして、彼女は続けた。
「西田は子供のころ、いじめられていなかったか、と問うた。私は否定した。そうしなければ、彼に勝てなかったからだ」
「つまり、それは嘘だったんだな」
呑み込みがたいものを呑むように、彼女はぎこちなく頷く。
「彼の言う通り、子供時代、クラスメイトから人扱いされていなかった。指が多いというのは、やはり異質なのだ」
「俺は、」
怒りをあらわにしかけた彼に、彼女はかぶりを振った。長谷川はそこにこだわって欲しくなかった。彼女の中では終わった話であるうえ、そういう話ではない。過去ではなく、現在のこと。
「同情が欲しいんじゃない。うわべだけでなく、実践してほしい。私たち抜きの前提で世界を回さないでほしい。人間という前提から除外しないでくれ」
「当然だ。長谷川は、まぎれもなく人間だ」
「解けるはずだ」
彼は頭脳をこねくり回した。しかし、ただ、ぺちゃぺちゃと音を立てるのみで、灰色に壊死した肉塊は、なにも弾き出さなかった。
「整理しよう。足跡は三筋だった。半密室に続いている。入る二つ、出る一つ。前者の片方は、後者と一致する。二種類の足跡、背負われた可能性はない。出血の量から、二人はここで解体された」
中央の血だまり、ここで二人は殺された。その、今まで何度も繰り返された説明。そんはちょうど、針の曲がったピンボールのようなもので、不可解の穴へ吸い込まれていく。
「心の底から、君のことを怪物じゃない、と思っているが、それでもわからない」
「私だけではないからだ。この世には実に多様な人間がいる」
おでこに人差し指を当て、目をぎゅっと瞑ると、なにか、素晴らしい閃きを得られる気がしたが、それは気のせいだった。それで、彼は告げなければならなかった。
「降参だ」
しんとした空気の中、長谷川は答えを述べた。
「―――――― 結合双生児だ」
それで、事件の謎はすべて氷解する。
女は息を整えてから、言葉を継ぎ始めた。
「世の中には、一つの腰から、二つの胴が生えている人間がいる。それが、この事件の真相だ」
ミステリー好きの間では、エラリークイーンの『シャム双生児の謎』で有名だろう。
「まず、犯人と被害者は並んで建物に入り、内部で被害者は殺され、犯人によって解体された。そして、犯人は現場を後にした。この事件の仕掛けに動機なんてない。犯人は工作をしなかったのだ」
動機なきトリック。だからこそ、事件の様相はちぐはぐだった。一体何のために密室にして、そのうえでバラバラ殺人をしたのか。明らかに他殺とわかるなら、密室工作をする必要なんてないのに。その理由は単純明快で、そもそも雪の密室は犯人の意図したものではなかったのだ。
まったくの偶然だが、ただし、積雪と結合双生児さえそろえば、誰が殺しても仕掛けは再現される。例えば、降雪のタイミングに左右されないのである。決して六の目が六つでるような偶然でないことに注意が必要だ。
「そうか。テケテケは俺の見た幻想だったのか。そして、蜘蛛の怪物も、彼女たちのことか」
それが、死火山に住まう怪物の正体。
「これで、全部、解決だな」
長谷川はトカゲのように口角を上げた。
すべてが終息した余韻に浸っていると、別のくすぶりが燃え始めた。99 の向こう側。つまり、トーチカの壁の奥。藪の中から、めらめらと火の手が上がっていた。建物から外に出ると、よりはっきりわかった。藪の内側に炎上する寺があり、その様子は木々の交差で遮られ、さながら赤の江戸切子のようだった。そちらからは読経がうなりはじめ、場の怪しさは、いよいよ佳境のようである。
「俺はまだしなければならないことが、残ってるらしい」
「私もいく」
黒井は鉈を握りなおす。昼間、諦めた深い茂みは、この刃物により突破可能だ。
「一寸、下がってくれ」
と指示して、ばっさばっさと、寺までの道を切り開き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます