第14話 呪い


「部外者の立ち入りを禁じてる。それは、神宮司氏のところの寺だろ。還俗されたと聞いたが」


 と、黒井。


「いえいえ。彼のお孫さんが、その跡を継がれたのですよ。でへへ」


 神宮司(孫)は、片田村に帰ってきていた。片田村俳句会長が知らないくらいだから、村人に知らせず、ひっそりと帰郷したのだろう。なぜ、そんなことをするかというと、後ろ暗いことをしているからに決まっている。黒井は、ますます、神宮司孫(以下神宮司とする)への疑念を深めた。


「仏のようなお方でっせ。ずっと、世界平和のために活動されてきたのでして。ひっ、聖であります。ひひっ。彼の願いが叶うとき、人様はようやく互いの手を取り合えるのでしょうな」

「片田小で彼の担任をした田代の印象は良くなかったみたいだが」


 二人の話に飽きた、長谷川は、再びガラスケースへ、へばりついた。なおも、彼らは会話を続ける。


「確かに、両親を亡くしてから、精神が不安定でありましたよ。シュグ、おっと失礼。この不完全な世に、悲観していたのです。しかし、彼の祖父が亡くなられたとき、全ては劇的に一転しました。この世界を救出しよう。全ては救世観音のお導きです」

「神宮司って、こんな顔だろう」


 切り札を館長に見せた。


「それは、じ、神宮司様。村には降りていないはず。ど、ど、どこで、この写真を。ひひひ」

「それは話すことは出来ない」


 無論、人工知能によって創造された、架空の写真である。


「どうしても、彼と話をしたいんだ。彼の思想に興味を持った。ぜひとも、お目にかかりたい」


 長谷川は本気か、と一度疑うように振り返ったが、嘘か、と思い至り、再び、視線をガラスの中身に移した。


「し、しかし、村の禁足地にこもったきりでして。ちょっと、連絡は出来かねますなあ。こんど下界に降りてくるのは、いつになるやら」


 分かりやすく目が泳いでいた。ハコフグのような顔の、ハムスターのようにつぶらで無感情な瞳。


「ここから北に向かえば会えるんだな。ただ、対談するだけだ。世界平和の思想に共鳴した。俺も同士なのさ」


 黒井のいう世界平和とは、誘拐犯が野放しにならない世の中、という意味だ。


「ととと、とんでもない。あそこは禁域でっせ。不用意に立ち入れば、たちまち呪われます。へっ。そう、きっと死んでしまうでしょう。ああ、恐ろしや。私も、あの土地で怪物を見ました。神宮司さんに助けられなければ、死んでいたことでしょう」


 怪物。この一件の謎の一つ。彼は、一つの仮説を口にする。それは、二上山の裾野に埋まるように位置する片田村の地形から、ひらめいたものだった。


「火山性ガスの見せた幻覚だろ」

「いいや、黒井。二上山は、誤解を恐れずに言えば、死火山だ。一千万年頃に活動がおさまった」


 長谷川は背中を向けたまま、きっぱりと否定した。ぱっと引き出せるあたり、学者であることが垣間見える。


「へい、その通りでございます。だすから、私が受けたのは、この地に古くから住まう怪物の呪いです。ほら、そこにも呪いの影響を受けた虫がいますでしょう。今年の夏に大量に山から降りて来たんです。まっ、降りてきたといっても、この村自体、山に埋没しているようなものですがね。へへへ」


 教室の端っこ。学生時代に見慣れた机の上に、酒瓶がある。名前は『蟹の泡』。透明な液体には落ち葉の形をした物体が、ぎっしりと詰まっている。保存液は酒かアルコール、それか劇薬であるホルマリンか、もしくは、それらの混合物だろう。黒井と長谷川は瓶の近くまで寄った。枯れ葉に見えた中身は、大量の蛾の幼虫だった。

 不気味な形をした芋虫が、ぎっしり詰まっている。黒井の脳裏に、神宮司少年の逸話がよみがえった。2L のペットボトルに詰め込まれた小動物。彼はすぐさま確認した。


「これは誰が作ったんだ」

「これは私です。へっ、へへ。旦那にも良さがわかりますか。え? ははっ、そうでもない。グフッ、これ失礼。まあ、村の出来事を伝える大切な資料ですから。フギッ。別にいたずらに殺したわけではありません。飽くまで、資料でございます」


 とのことである。残念ながら神宮司作ではなかったが、むしろほっとした。


「蜘蛛みたいな脚部、胴は蛾の幼虫、尻尾にはトックリバチの腹部に似たふくらみがある」


 と長谷川は分析する。


「まるでぬえだ」


 黒井の評価。それは、様々な生物の合成で、キマイラめいている。だが異種同士で子供を残すなど、自然界ではあり得ない。特に蜘蛛は昆虫ではなく、節足動物であるため、なおさら他の二つと子孫を残すのは絶望的だろう。


「お二人とも、これがなにか、わかりますかな」


 西田は、二重顎をぽりぽりと掻いた。


「私は地質学者だ。生き物は詳しくない。ただ、詳しくないなりに、これが異質だということくらいわかる。これだけ発生したなら奇形という線も薄い。なにかしらの化学物質の影響かもしれないが、奇形なら格好がまばらになりそうなものだ。普通に考えれば新種か、それとも私たちの知ららない既知の種だろう」


 どの個体も、同じ数、同じ膨らみ、同じ凹みを同じように持つ。種として確立されているのだ。


「ひひっ、きっと呪いですよ。片田村の怪物は蜘蛛なんでね。ほら、蜘蛛でしょう。長い脚、膨らむ腹部は、まさに蜘蛛の特徴でして」

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