第47話 犯人
「妹が犯人で間違いない。足跡の仕掛けが判明したため、犯人は人跡の片方と決定された。その片方が、手記の示す妹ではないとしたら、足跡の数が合わなくなってしまうだろう。手帳には妹に呼ばれたとある」
「日記の妹は被害者じゃないのか」
黒井は疑問を口にした。
「彼女らの身体的特徴からそれはないだろう。常に隣にいるなら、予定は、いつでも聞けばいい。それに、待ち合わせをする必要もない」
考えてみればそれもそうだ。黒井はというと、ついていくのに一苦労で、彼女が言葉を発するたび、咀嚼する間が入る。正直に、彼は頭脳労働が得意でない。
「それで、じゃあ、下の双子の妹、雪の子達が犯人か。そのうち、助けを求めに来た末っ子は自分の犯行を多言するわけないから除外されるんだな」
と、なんとか絞り出す。
自販機の前で姉を助けてほしいと黒井に泣きついた子供。彼女は畳の隅で、分厚い毛布にくるまって寝息を立てている。
「犯人は三女。つまり、私が昼間に助けた少女だ。直接の妹を守るためだろう。なぜ、バラバラにしたのかはわからないが」
バラバラ殺人。全く不要な工程に思える。その疑問は、意外なことに黒井が解消した。
「きっと羨ましかったのさ。被害者らは身体的特徴から、神だとされていたんだ。また、そのために、自身の妹を捧げなければならない。だから神聖を削ぐためにバラバラにしたんだ。神を人間に引き摺り下ろした」
いわば、この一連の事件は、大げさにすれば、神殺しの神話だったのかもしれない。それにしても、身体障碍が貴ばれるとは、価値観とは容易にひっくり返るものだ。今の時代の価値も、転んだ後に築かれたものなのかもしれない。
「奴が旅館に来なかったのは、警察から逃れるためだろう。この寒さで生き残れるか知らないが、陽が出るまであと少し、案外、どうにかなるかもしれないな。死んでもしらん。それは、奴の勝手な選択だ。私たちの関知する問題ではないな」
と長谷川はお椀を傾ける。丁度良い温度と塩分だ。畳で、お吸い物とは年末感がある。あと数日で今年も終わる。
「西田を躊躇なく殺せたのは、あの時点で、二人殺してたからなのか。双子の妹のために双子の姉を殺した。俺は、そんな酷なことを強いた現実が憎い」
「その二組、血が繋がっていたか怪しいところだが。もしそうなら、途方もない確率だ。かたや結合児、かたやアルビノ。ありえなくはないが、そんな奇跡を手放せる親の顔を見てみたいものだな」
長谷川は遠い目をしていった。
「手放さざるを得なかったのかもしれない。俺の妹もそうだった。重度の障害児が、親族の結婚にも影響を与える、って、周囲は必死に出産を止める。仕組みを理解していない愚者の理論だ。どんなつがいにだって授かる可能性はあるし、それはいけないことじゃないってのに」
現代版、憑き物筋みたいな話である。ひどい世の中だ。
「黒井。時に、正しいヒト、とはなんだろうな。もし、遺伝子が均一だったら、人間はここまで来れなかっただろう。生物の生存戦略は数撃ちゃ当たるだ。いろんな弾頭、多様な軌道。たまたま的に中った種が、次の弾丸の礎となる。もし進化に逆進性のある形質があるとすれば、その営みを否定する気質じゃないか」
彼女は有無を言わせぬ調子で、大胆な説を唱えた。
「そういえば、五時ごろに警察の迎えが来る。片田小の校庭だったぜ。そろそろ行かないと間に合わない」
彼は、ふと思い出し、汁物を一気に飲み干した。いろいろなことがありすぎて、約束を忘れていたのだ。
「除雪はもう完了してるのか」
「いいや、ヘリコプターだ」
彼は立ち上がる時、旅館に止めてある車をどうするか考えた。除雪車が動くまでは、宿に置いてもらい、そして作業が完了してから、タクシーで取りに帰るか。
「行こう」
二人は帰り支度を始めた。
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