第46話 和室


 旅館の戸を三回ノックする。


「無事でなによりです」


 旅館の女将は、二人の無事に安どの表情だった。それは、客としてではなく、人として、彼らの安否を心配していたようである。みたところ、どちらも怪我をしているようすはない。とん、と救急箱を靴箱の上に置いた。


「えっと、その子に似た少女が来ませんでしたか」


 彼は尋ねた。

 トーチカで解散した雪の子の姉は、旅館で合流する約束である。ずっとここで待機していた妹は、すっかり女将の腰巾着となっていた。


「いいえ」

「逃げたな。まあいい、それも一つの選択だ。ふふ、賢い。私が気づいたことに、気づいたな。将来が楽しみだ」


 長谷川は、にやりと笑った。


「五時か。ってことは、ここを出てから三時間しか経過していない。人生で最も長い二時間だった」


 彼は時計を眺めながらしみじみ思った。そして、普段なにげなく過ごしているに時間は、それほどの仕事量を秘めているのか、と。


「今晩だけで、四人死んでる。今年は、呪われたクリスマスだったようだな」


 と、長谷川。

 こんな聖夜は金輪際、懲り懲りせある。ただ、今後、今日という日を忘れることはないだろう。一世一代の大冒険だった。

 さて、二人は冒険の疲れをいやすために、和室へ移動した。コートやジャンパーを脱ぐと、緊張もろとも剥がれ、疲れがほぐされていく。室内は暖かく、温泉上がりの心地よさ。しばらくして、お吸い物がまかなわれた。


「今夜死んだのは六人じゃないか」

「あの少女は幽霊じゃない」


 と、汁物から顔を上げて、長谷川は切り出す。


「肌の白さ、真っ赤な瞳、この世のものとは思えないが」

「それを言い出したら、私はどうなる」


 彼女は彼に向けて、右手を突き出し、六本指を開いたり閉じたりした。


「そういう次元の話じゃないさ」

「いいや、同じだ。ほら、ウーパールーパー。一昔前にはやっただろう」

「あのピンクの変な奴か」


 彼は以前、妹とクレーンゲームで、ウーパールーパーを捕まえたことがある。しかし、彼がその過去を思い出すことはなかった。


「ネオテニーのメキシコサラマンダー。そして、なによりも、メラニン欠乏症だ。メラニン欠乏症は一般的にこう呼ばれている。アルビノ、とな。黒井、雪の子は色素欠乏症だったのだよ」


 白い肌、トウゴマ色の目、彼女はアルビノだった。アルビノとは、メラニンが生まれつき欠損する遺伝子疾患で、メラニンで有害な光線を吸収できないため遺伝子が傷ついて癌化しやすい。また、野生動物ならば、目立つため捕食されやすい。


「人間でも発病するとは知らなかった。それが、蟲毒に巻き込まれた原因だったんだな。欠陥を抱えているから神宮司らに見込まれたと」

「欠陥、私はそうは思わない。私の仮説では、色素欠乏症の人間は、光彩のメラニンが少ないために、光が網膜に届く量がずっと多くなる。だから、月明かりだけでも、ぼんやりと視認できる可能性がある。もっとも、視力は弱くなるがな」


 そういえば、彼女たちは、懐中電灯をまぶしがっていたな、と黒井は思い出す。


「だがしかし、雪の子は被害者のことを姉と言っていた。そして、被害者は双子だと手帳に書いていた。やっぱり、幽霊なんじゃないか」


 言うまでもないとは思うが、双子は、二人のみだ。三人なら、三つ子である。


「なにをのたまうか、黒井。だから、双子の姉妹だろう。つまり、双子二組の姉妹だ。手帳の但し書きで、”私の妹”と書けばいいところを、わざわざ”私の双子の妹”と限定していたことから、筆者は双生児以外に、双子の妹がいると予測できる」


 彼女に指摘されて、黒井はポケットにしまっていた手帳を開いた。


・この手帳を勝手に読むなど、言語道断です。私は断固非難します。いかなる理由でも、無断閲覧を禁じます。ただし、 ”私の双子の妹、、、、” は例外です。もしそれで、私達のプライバシーが白日の下に晒されるなら、責任重大です。これを読んでいるものは、直ちに日記を返しなさい。


 まどろっこしい言い回しはそういう事情だったか。


「私の妹だと、雪の子達が含まれる。また、双子の妹でも、同じ問題が起きる。そして、私の双子の妹でもな。だからわざわざ、双子の妹、に傍点を振ったのだろう。双子の妹が、私とは違う一つの塊であることを意識させるために」


 黒井は、この手帳を警察に渡さなければな、とぼんやりと思った。


「この事実を踏まえると、誰が殺したかが、明らかになる」


 彼女は、述べた。

 

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