第39話 夜空
*
校庭に飛び出す。空を仰ぐと雲間から月が出ていた。ひたすら電波が通じることを祈りながら百十番をすると、彼の願いが通じたのか、はたまた通信機の性能か、わりかし早く通じる。
「事件ですか、事故ですか」
電話の男は事務的に尋ねた。
「事件です。森の中で、バラバラ死体を発見して、それで、知り合いが誘拐されました」
「えっ。それはバラバラ殺人の犯人に、ということですか」
この手の報告に慣れている電話口の彼でさえ、バラバラ死体と誘拐の同時発生には、やや動揺していた。
「その可能性が高いと思います」
アリバイ的に西田が双子を殺した可能性は低そうだが、高いということにしておいたほうが無難だろう。この事件への助けには、過剰という状態が存在しない。
「犯人とは連絡は取れますか」
これは身代金目的の誘拐事件ではない。おそらく、共犯者の犯罪が露見したために、自暴自棄となり、どこかで長谷川を暴行するつもりなのだろう。というのが、彼の考えだった。
「取れません。知人ともまったく」
こうなるならば、長谷川と連絡先を交換するべきであった、というところで、電波が悪いことを思い出す。
「わかりました。事件は、いつ頃のことでしたか」
「死体の発見ならば、一時間以上前。知人の誘拐は、ちょっとまってください」
腕時計に目をやる。午前二時半、前に確認したときから、三十分経過していた。倉庫で移動したり探したりしていたので、昏睡は十分くらいだろう。彼はなおも痛む後頭部をさすった。
「ここ三十分のことです」
「わかりました。そうですね、まず、遺体の場所は分かりますか」
「奈良県、片田村北部の森。柵で仕切られた地区で、柵の途中に聖域という看板があります。その中にある円形のコンクリートの構造物です。片田村は、わかりますか」
地図にない村。
「併合された片田村ですよね」
黒井の懸念とはまだ、その地名は生きており、地元の人間ならば知っているようで、拍子抜けだった。
「犯人は見ましたか。バラバラ殺人と、誘拐の両方をお願いします」
「バラバラ殺人はなんとも。ただ、知人の誘拐は片田村資料館の館長、西田の仕業だ。片田小学校二階でやってる展示の従業員。服装は灰色の寝間着です」
彼の口調に熱がこもり始める。
「わかりました。事件現場はどうなってますか」
「誘拐のほうか、それともバラバラ死体ですか」
「両方ともお願いします」
緊急時だと、どうしても順序だてて質問することや説明することは難しい。それでも、着々と前に進めていく。
「殺人は、村の北、丸い建物の中。血だらけだ。誘拐は行方が分からなくなっている。最後に見たのは片田小学校。いやまて、靴跡が続いてるな。これを辿っていけば、場所を特定できる」
校庭に二筋の足跡が新しくつけられている。
「足跡を追うのは非常に危険ですので、隊員が来るまでは、安全な場所で待機していてください。この雪なので片田小学校の校庭に、ヘリコプターを着陸させます。天候の都合で、午前五時ごろになるかと思われます。それまでは、くれぐれも安全な場所に避難してください」
無理な願いだった。今、この足跡を追わねば融けてしまうではないか。そうでなくても、降雪で上塗りされてしまう。そうなれば、二人の居場所を辿るのは、ずっと困難となる。さすれば、本当にどん底だ。それに彼女は今、助けが必要に違いないのだ。ここで指をくわえて待っていられるものか。
「最後に、貴方のことを教えてください」
「黒井伊月。職業はフリーのジャーナリスト。妹の事件を追って、片田村に来た。そこで知り合った大学教授の長谷川が誘拐されたんだ」
無職だと軽んじられる心配があった。世間からすれば、ジャーナリストとて、胡散臭いことにかわりはないのだが。
「わかりました。安全な場所で待機してください。くれぐれも、犯人の後を追ったりしないように」
「それは無理な話です」
彼はそう断言して、衛星電話を切り、ポケットにしまい歩き出した。二人の居場所を突き止めなければならない。
雲間から月は彼を照らし、月光は鉈の刃先を水滴のように滑り落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます