第38話 暗闇
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轟音を聞いた後の、甲高い耳鳴りが脳みそを圧迫する。そして、こめかみの高さで一周する、ぎりぎりと閉まるような周期性の頭痛。なんど瞬きすれど、変わらない目の前の景色。開けても閉じても同じ黒。ここは死後の世界だろうか。黒井は暗闇の中で目を覚ました。
光がとこにもないひたすらに暗黒の場所は、とても冷たい。地面も、無機質に平坦でひんやりしている。ここは、彼の思い描く死後の世界によく似ていた。ここは世界の底だ。
そうだ、彼にとってあの世とは、なにもない場所で、恐ろしさはないが、安らぎもない。永遠に独りぼっちだ。さて、彼はこれから、どれだけの時間を、こんな退屈なところで過ごせばいい。恐ろしく空虚で、退屈で、静かだ。
彼は惚けながら、暇なので回想を始めた。それは、遅れてやってきた走馬灯でもあり、走馬灯は逆さに回った。直近の生の記録。まず己のあっけない死、後ろから撃たれたか、殴られたか。それから長谷川との出会い、久しぶりに楽しかった、もう会えない。一年前の妹の死、今からそっちに行く。社会人の暗黒期、大学時代の失敗、ひどく凡庸な青春の輝き、妹と耐えた幼少期。
ああ、くらだらない人生。愛する者を二人も守れなかった。己は、簡単に殺されてしまった。これから、西田は長谷川を殺すだろう。言うも憚られるような、ひどいことをしてからかもしれない。想像するだけで虫唾が走る。自律神経が乱れるのか、チリチリと焼ける感覚が頬を刺した。
いくら後悔すれど、もうどうすることもできない。死んだ脳細胞は死に地獄へ行き、そこでまた死に至る。守れなかったんだ。最低だ。暗澹たる気分は、ぎゅうぎゅうに体へと充填されていった。
もうおしまいだ。消えてしまいたい。消えてしまいたい?
もし死んでいるとして、なら、この思考はなんなのだろう。もし死んでいるなら、死んでいることを知ることすらかなわないのである。なんたって、脳みそが死んでいるのだから。それに私たちの人生に、その後、などといった甘えは許されない。それがひどく残酷な空間だとしても。というところで、黒井は、ようやく正気を取り戻した。
身を起そうと手をつくと、近くにあった籠に裏拳を繰り出す形となる。骨にしみる痛みは、身体の輪郭を毛羽立たせ、その毛羽立ちは二手に別れ、輪郭を一周して、合流すると消滅した。
そのなにかを探ると、どうやら箱のようで中身は布切れかなにからしい。五本の袋と一つの穴、人型、これはまさか小人の服。いいや、これは軍手だ。そして、それがつい先まで衛星電話を探し求めて調べていた緑色の籠だとわかる。
彼はだんだんと状況が呑めてきた。ここは倉庫の中だ。頭の鈍痛からして、殴られたかなにかで、気絶していたのだろう。まだ、続きだった。
「西田!」
と、加害者の名前を叫ぶが返事はない。ここでひょっこり登場されても、彼には立ち向かう武器はないのだが。
「長谷川!」
彼女もまた返事はない。彼女に関しては、どうやら彼の想像どおり、西田に誘拐されたらしい。また、最悪の想像が神経を駆け巡り、気がふれそうになるが、しかし、そんなことをするよりも、ここを出ていくのが先だろう。黒井には取り乱す余裕すら、与えられていないのである。
懐を探すと、懐中電灯があった。例の館長は、身体検査をしなかったらしい。カチッと光の円盤が倉庫の壁を照らす。彼はほっとした。この暗闇が失明を意味する可能性は十分にあった。壁の鉈を手に取る。これで、彼に対抗する武器を得た。
どうにか出る方法はないか、という本題だが、扉には当然、鍵がかけられている。この学校の倉庫で餓死した猫たちを思い出して背筋に冷たいものが走る。当時の西田の担任や同級生である女将は、それは西田の仕業ではないと擁護したが、やはりあれは奴が犯人だったのではないだろうか。人間で出来て、猫で出来ない、というのはむしろ変だ。
扉を蹴とばすがびくともしない。蹴とばすから開かないのだ、そう考えた彼は、決死の体当たりを慣行して、倉庫の戸を破壊した。すさまじい大音量を伴って戸は地面に伏した。
「長谷川!」
彼女がいたはずの、もう一つの倉庫へ走り、そのままの勢いで扉にぶち当たった。内部には誰もいない。もう一度、注意深く、室内を調査してみたところ、手袋が目に留まった。それは、彼女がよっぽどのことがない限り外さないだろう、あの手袋だった。つまみ上げると、一つの機械が下からごろんと顔を出した。それは衛星電話だった。アンテナが特殊であるから一目でわかる。長谷川が手袋を脱ぐ恥を顧みず、彼に目印を与えたのだった。ありがとう、彼は小声でつぶやく。
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