第36話 始末書


 *


 さて、運動場の隅に倉庫はあり、西田一行は、雪の運動場を、とぼとぼ歩いた。田舎のグラウンドは非常に広大で、ここならば、野球とサッカーとテニスとバレー、ドッチボールを同時開催するのも夢ではない。


「田舎の小学校は羨ましい」

「でも、蛇が出る。知り合いに、蛇に噛まれて病院に搬送された奴がいる。救急車が来れないから、ドクターヘリでさ」


 長谷川の幻想を黒井が壊す。注、半ば実話である。


「蛇なんか首を折れば一発ですがね。へへへ。さてと、つきました。もう、大分、つかっていないもので、へっ、どこだったかなあ。ここと、向こうの倉庫、二手に別れましょう。ここより、もう一つの方が広いので、旦那と二人で探しましょう」


 長谷川を選ばなかったあたり、西田にしては気が利いている。


「鍵だけ開けさせてくだせえ」


 館長は、鍵を開けて、扉をストッパーで止めておく。彼女は、埃っぽい倉庫へ、魅入られたように入っていった。


「へへへ。あの人はちょっと怖いですなあ。ああいう人に、いじめられたことがあるもので。豚だとか、ひひっ」

「それは長谷川本人じゃない。同一視はどうなんだ。それこそ、容姿差別だ」

「ひぐっ、失礼。旦那、いいこと言いますなあ。そういう人間こそ、生きる価値のある人間であります。世の中にはその価値がない人間もいる」


 ガラガラと倉庫の引き戸を開ける。内部では、革の匂いがした。懐中電灯の光が壁をなぞると、ぎょっとする道具が、飛び込んでくる。壁面には、鉈や鎌、のこぎり、トラバサミなどが下げられていて、床には除草剤、殺虫剤、殺鼠剤、不凍液まである。まるで拷問部屋だ。


「猟をやるんですな。片田村の害獣は手ごわいですから。村に出てきて、農作物を荒らすんです」


 とのことだ。よくよく二の腕を見てみると、その厚い脂肪層の下から、筋肉の形状が浮かび上がっている。ボディビルダーではなく、アスリートの筋肉だ。

 黒井は衛星電話を求めて、部屋中の籠をあさり始めた。ロープ、軍手、サンバイザー、麦藁帽。間違いなく、この籠は花壇の手入れ用だ。ここじゃない、ここじゃないと探しまくる。

 ふと、籠を漁る手を止めた。ロッカーを調べ終えた館長が、ずっと彼の後ろに佇んでいるから。殺気がチリチリと背中を刺激する。立ち上がりながら、上体を捻ると、徐々に状況が呑み込めてきた。彼は、西田に背を向けたまま両手を上げ、ため息をついてから、こういった。


「少女たちの、バラバラ殺人の関係者だったのか」


 館長は、上下二連式ショットガンの二つの銃口を彼に向けていた。猪首には、オレンジの耳当てが窮屈そうに腕を回している。耳栓をしていない、ということは撃つ意思はないようだが、撃つこともできる。


「さあ、どうでしょうかねえ。へへっ。実をいうと、別にそんなことは誓ってないのですが」


 と、平静にしていることからしても、確かに彼の行為ではないらしい。よくよく、考えれば、ついさっきまで事務所にいた男だ。時間的なアリバイがある。それに、彼が、長谷川ですら解けない繊細な犯罪を思いつく、とも考え難い。


「待てよ。少女たちの”バラバラ”殺人だって。まさか。ひょっとすると、下半身が一つ足りなかったんじゃありませんか」

「なぜ、それを知ってるんだ」


 西田は取り乱し始めた。


「くそ、奴め。そういうことか。やりやがったな。計画を台無しにしやがった。まあいい、大体は可能か。引き継いだ、継承した。ひひひっ。始末書をば、血で書かせてもらおう。くそっ、くそっ」


 身の危険を感じた彼は、なにか手を打たねばなるまいと、己を殺しても無意味だ、ということを主張する。


「旅館の女将に伝えた。それだけじゃない、村中の人間がこのことを知っている」


 彼女の身に危害が及ばないように、あわてて後半のはったりでフォローする。冷や汗がでる。彼は、あの善良な人を巻き込んでしまうところであった。


「村人全員は嘘でしょう。証拠に、こっちは知らなかった。へへへ。しかし、安心して下せえ。けっ、あの女とは幼馴染でね。奴は殺せない。だったら、貴方様も無意味に殺すことはないんだ。くくく」


 次の展開はどうなる。


「両膝をついてくださいな」


 黒井は言われるがままに、そうした。散弾銃を持った男に勝てるはずがない。なにをされるのだろう、そう思ったとき、後頭部に思い衝撃が走った。彼の意識は速やかに虚空へ消えた。

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