第3話 情報収集


 創作ではなかろうか、と黒井は感じた。フェンスについて筋だった推理をしているのに、急ブレーキを掛けたかのように、怪異の存在を認めているのが、どうもちぐはぐだ。それは、それだけ、その存在が真実味を持っていたという証拠なのかもしれないが。

 しかし、仮に怪物が創作だとして、看板や、柵に囲われた地区までも作り話だとは、思えない。たかがでっちあげで、あのような看板や、金網を用意するなど、到底思えないのだ。また、あの経年劣化は、偽物では醸しえないだろう。

 だから『聖域』については信用してもよい。そして、妹が生前口にしていたその領域に、この足で赴きこの目で確認する必要がある。一体、『聖域』とはなにか、消えた子供たちの行方はいかに、という謎を解き明かすために。片田村へ行こう。


 *


 と、その前にすることがあった。その片田村の情報をあらかた調べておく。


 「片田村」でヒットした最初のサイトは、大型掲示板の写しだ。その板では、ある免罪事件について議論していたらしい。普通の免罪事件はすでに語りつくし、飽き飽きしていたところに、マイナーな事件を引っ張ってきた形だ。

 この一年のやり取りは、書き込み日からして、十数年前のものだ。冤罪事件はさらにその十数年前の話である。つまり、今から三十年以上前に起こった事件だ。

 ひどい冤罪だったらしい。なんでも、マスコミが焚きつけて、世間から袋叩きにあったそうな。大昔で、彼の出身が部落なこともあり、差別的な発言の雨あられ、被害者は精神を病んで自殺してしまったという。

 なるほど、この免罪は部落差別や偏向報道、そして集団心理など、人間の闇が瓶詰にされている。心に毒だ。特に被害者の妻子はどうしているのだろう、という掲示板利用者の疑問は彼の心を突き刺した。愛する者を亡くす悲しみはよくわかる。

 これらの事件は、メディアの責任が大きいため、あまり報道されなかったらしい。ある一種の隠ぺいだ。だから、あまり知られていないのだという。なんて話だ、だからこそ大々的に報道するべきなのに。こういった体質が人々から反省の機会を奪い、現在を作り上げたのだろう。無責任が無責任を重ねるさまに、黒井はあきれ果てた。

 もうこのサイトはやめにしよう。胸糞悪いだけではなく、本題から大きくそれてしまっている。


 次に目に留まったのは、片田村俳句会だった。俳句会は地域民の交流の場となっているはず。『聖域』について、なにか情報を得られるかもしれない。

 田舎はとても狭い社会。五軒先まで家はないが、千里先まで噂は広がっていくのである。時に、田舎の密接なつながりは悪く作用するが、今回はこれを利用させてもらう。

 片田村俳句会に加わり、情報を聞き出す。会の始まりは八時から、自由参加。黒井は手帳にメモをしておく。

 そして画面をスクロールしておくと、会長と、彼女の経歴が載せられていた。それもメモに加えておく。

 田代理恵。大阪俳句コンクール銀賞、奈良俳句連盟会員、茶葉自慢俳句大会入選、そしてなによりも元片田小学校の教師である。これはしめた。もしも犯人がその村の出身なら、彼女が担任だったかもしれない。それに、これまでに村であった子供の誘拐事件についても詳しいだろう。


 彼女のために、犯人のモンタージュを加工しておく。まず、パソコンのファイルからモンタージュ写真を取り出して、人工知能のサイトに食わせた。そうすることで犯人の顔がより写実的になる上、若返らすことも可能なのだ。度数をいじり、中年男から小学生にする。この顔写真は、体系や髪型などがかぶらないように、六通り生成することにした。小学生時代、この男がどんななりをしていたか不明だからだ。


 *


 出力には時間がかかるため、その時間で他の支度を終わらせておく。ではまず、宿の予約をしよう。片田村について調べるには、二泊三日は必要だろう。最初は土地の把握、次に住人の聞き込み、情報を集めてから聖域へ向かう、そういう日程だ。


「もしもし、夜中失礼します。黒井伊月です」

「はいもしもし、片田村宿泊施設でございます」


 電話の相手は、大体、中年の女性といったところか。落ち着いた雰囲気の声質だ。


「明日から、二泊二日は可能ですか」

「はい、丁度、空きがございます」


 ブログの写真である限り、かなりの田舎で、むしろ空きがないほうが驚きだ。そもそも、観光資源がなさそうな村に、宿泊施設がある自体、奇跡である。


「わかりました、お願いします」

「朝食はどうなさいますか」

「そちらに到着するのは八時くらいになると思います。もし間に合うのなら、そっちで摂りたいです」


 最近、彼の朝食といえば、パンだった。妹がいないと、きちんとした食事をとる理由がない。なにを食べようと心配されない。生前は早起きして、目玉焼きや味噌汁を用意していたのだが。


「かしこまりました。八時ですね。では、昼食はどうなさいますか」

「昼食はいりません」

「承知しました」


 昼食など食べないでも生きていける。そもそも、大昔は一日二食だったという。


「では、お待ちしております」


 しばらく彼女が切らないので根負けして、彼から電話を切った。そういえば、電話を掛けた方が切るのが、マナーだったか。


 *


 さて、そうこうしているうちに、七枚の画像作成の方は終わっていた。出来栄えを確認してみると見事なもので、まるで現実と区別がつかない。小学校のあるばむから、そのまま抜き出してきたようだ。しかしこれは飽くまで、人工知能により、モンタージュから作成された予測画像に過ぎないことは、留意しておくべきだろう。

 彼はプリントをファイルに入れる時、一緒に複製したさとりの地図が一番上に来るようにした。妹の子供を攫った極悪人の顔など、たとえ子供であれど見たくもない。大人の顔はもっと見たくないので、一番したにしておく。

 手帳と計画、写真、片田村の情報、役者はそろった。黒井は服を着替える。黒いコートに灰色のズボン。


 いざ、片田村へ。

 

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