第34話 再突入
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旅館の玄関、戸を引けば暖かな室内が待っている。それなのに、二人は気が重かった。この気温がぬるいくらいには、これからの予想気温は冷たい。姉の死を、どう少女に伝えるか、二人は話し合わなくてはならない。
「黒井。どう、真実を伝える。私は、こういうのは専門外だ。幽霊も、子供もな」
「俺の見立てでは、少女は自覚なき霊体だ。真実を告げれば、死んだことに気づいて消えちまう」
というのが、ベタなパターンである。
「消えてしまっては困る。事件の糸口もまた消えてしまうからな。姉の死だけを教えるべきだ」
長谷川は無機質に言った。
「まあ、犯人を捕まえてから成仏させたほうが、怨念が残りにくいかもな。無念は、残存して、害をなす」
方針が固まったので戸を開けると、女将が立っていた。彼女の足に、純白の少女がしがみついている。だいぶ、なついたようだ。少女は口を開く。
「……………… お姉さんは」
「お姉さんは死んでしまった。助けることはできなかった。残念だ」
長谷川は、さして残念そうでもなく、事務的に告げた。黒井は、あっけにとられる。遺族はうつむいたまま、しゃべらなくなった。その表情が、凍ったように真顔なのは、彼女本体の、死後硬直の始まりを意味しているのかもしれない。本体は雪ざらしにされている。
「本当ですか」
「はい。しかも、殺人です」
彼は告げた。
「まあ」
宿の主は、口を覆った。
「はい。俺たちが森を探索したら、この子のお姉さんの遺体を発見しました」
「そうですか」
年寄りは涙もろくなりがちだが、この人は、そうでなくても涙を流せるに違いない。その液体は嘘偽りなく、頬を滑っていった。
「警察を呼びたいんですが、なにかいい方法はありませんか」
彼は尋ねる。最悪、歩いて麓まで下りることが考えられた。雪の峠は険しいが、不可能だとは思わない。
「アンテナに雪がかぶってしまっているようで、どこにも繋がりません。ただ、屋根の雪をどけるには危険が伴うと思われます。脚立もなければ、雪かきスコップもありませんし」
彼女の責任ではないのに、申し訳なさそうに告げた。
「衛星電話はあるだろうか。あれなら、機器自体にアンテナが付属している」
長谷川の提案である。
「片田小学校の倉庫にあったかと思います。あそこは、避難所も兼ねているので。鍵は西田君が管理しているはずです。彼は、資料館の横にある事務所で寝泊まりしているかと」
「あの西田が」
黒井は驚いた。重要な施設のカギの管理を任せるとは、どんな神経だろう。あんな無神経な人間はいない。
「彼は意外と物の管理は得意なのですよ。それに、彼が施設の清掃を担当していますから。今日までに、問題があったとは寡聞にして聞きませんね」
「そうでしたか」
「彼と話すのは嫌ですか。彼は勇敢なので非常時ならば役に立ちますよ」
旅館の女神は安心させた。幼馴染なので、立ててやっているのだろう。
「長谷川、これから資料館へと向かうが、ここで待っとくか」
「別に奴は私の敵ではない。黒井、単独行動は危険だ」
「それもそうだな」
彼は、ここを出発する前に、確認しておかねばならないことがあった。
「雨戸を閉めたほうがいいですよ」
「雨戸、ですか」
「この子の姉を殺したのは、狂人です。行動が一貫しない。それでいて、凶悪犯罪を犯すだけの理性がある。今も外では、そんな危険人物がうろうろしているかもしれない。村まで降りてこないとも限りません」
そうなのだ、あの事件の加害者は逃走中である。化け物にせよ人間にせよ、恐ろしいこと極まりない。そして二人は、そんな夜中へと、繰り出さなければならない。武器を持って行ったほうがよいだろう。
「少々お待ちください」
そして、彼女は様々な道具を抱えて戻ってきた。
まずはマフラー。これを巻いて首を守れ、ということか。次に大型のパイプレンチ。なるほど、殴るに向いている。
「私はこれにしよう」
彼女は、トンカチを手に取った。
二人はどんどん武装していく。日用品を装備した彼らは、なんだか終末世界の生存者然としていた。
「ありがとうございます。なにからないまで」
礼を言った黒井は簡単な合図を思いつく。
「帰ったら三つノックします。それ以外は、くれぐれも開けないでいただきたい。それと、不用意に出歩かないように」
「承知しました。黒井様、長谷川様、お気をつけて」
二人は極寒の世界に再突入する。
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