第11話 神宮司(孫)
「その生徒は、三十年前に亡くられた神宮司さんの息子ですか」
田代を見るに、三十の息子を持つ男の教師をしたとは、思えない。モンタージュの男の正体は、例の自殺した男、神宮寺の息子なのか。
「いえ、お孫さんだったと思います。両親が亡くなってから親戚に引き取られましてねぇ。小学五年生の夏に養子縁組で片田村を去ったから、村には二年しかいなかったことになります」
両親の死、それから預けられ先の祖父は衰弱死。外からすれば悲劇の子供だが、後の誘拐犯である、という情報を付け足せば、印象はひっくり返る。黒井は、一連の死が彼の仕業ではないかと疑った。
自殺して子供が連れ去られる、この構図は、神宮司の身に起きたこととも一致する。悲惨な過去が彼を悪魔にしたのか、それとも悪魔が事件を繰り返しているのか。
「現在は、どこに」
「さあ、見当もつきません。引っ越ししてからは、聞きませんね」
片田村に帰っているはずだ。でなければ、『聖域』とは、一体全体、誰の仕業なのか。とりあえず、彼は神宮司(孫)について、知っている情報を引き出すことにした。
「どんな生徒でした」
「ちょっと暗い子でしたかねえ。暗いという黒いというか。両親が亡くなってから、あんな感じなのだと、彼の祖父は言っていました。そう、オカルトに熱中してたんです」
この一件を追い始めてからずっと漂っている非現実感覚は、彼の領域に足を踏み入れたことを意味しているのだろうか。
「ノートに人の形を書いて、その形に鋏で切って、二つ折りして、誰かの髪をはさむんです。そうして出来た人形にコンパスを突き刺したりするんです」
「形代か」
彼は、おでこをさすった。そして、田代に形代を解説してやる。
「本来の用途は身代わりです。災厄とか、穢れとかを、本人の代わりに引き受けてくれる、お守りみたいな道具です。彼がやったのは、その応用ですかね」
どちらかというと、ブードゥー染みた手口だ。案外、そこらへんに着想を得たのかもしれない。
「じゃあ、彼は呪うために、畑の野焼きに、人形を放り込んだりしたのねえ」
犯罪者の兆候として、小動物の殺傷が挙げられるが、この呪術はその変形なのだろうか。
「生き物を殺していませんでしたか」
「それを聞いて思い出したことがあります。彼と関係があるかどうかは不明ですがね」
田代は、座布団に座り直した。
「グラウンドの花壇に花を植えている時、2Lのペットボトルを掘り出したんです。土は汚れていて、中身はかすかにしか見えません。なので、表面を洗って確かめたんです。最初は中に泥が詰まっているのかと。でもそれは、虫の死骸だったんです。ぞっとしましたよ」
黄ばんだ半透明の容器に、鉄くずのように折り重なる昆虫や節足動物たちの脚部。その中にはまだ半分、生きている蟲もいる。それは胸部から先が死んでいて、分かたれた腹部が生きている、という意味だ。
「また、こんなこともありました。夏休み明け、子猫が五匹、体育館倉庫で餓死していました。悲惨でしたね。共食いが起きていたみたいで、随分と散らかっていました。ミイラ化している死体もありましたよ。倉庫の鍵が盗まれていたことは知っていたのですけど、まさか、こんなことをするためとはねえ」
田代は渋い顔になる。あの日、あの時の凄惨な光景が、閃光のごとく現れた。忘れていたかった記憶。またしばらく、時折思い出しては、嫌な気分になるだろう。
「誰が盗んだんですか。夏の間に、体育倉庫を訪れた人物は」
「わからずじまいです。この村には公園がないので、夏休み中、子供たちのために、グラウンドは解放されているんです。だから、誰でも出入りできる状態だった。私はずっと職員室にいて、時折、窓から校庭を眺めたものですが、不審者の侵入はなかったと思います。もちろん、ずっと眺めていたのではないのですが。でも、もしいたら、子供が騒ぐと思うんですよ」
「じゃあ、生徒の中に犯人がいると」
田代は顎を引いた。
教え子が猫殺しの犯人だとは、考えたくなかった。しかし、教師を退いて、一歩引いた場所から眺めると、それはもっともらしい推測だ。
「仮に、猫の一件と虫の一件が、神宮司の犯行として、誘拐して閉じ込めるという行動規範を持っていることになる。そして、それは誘拐事件の状況にも一致すると思うのです」
そこに一貫性がある。三つの事件を串刺しにする軸がある。残酷な楽しみは、虫から猫、猫から人といった具合に成長していった、という補助線が彼には見える。
「待って。神宮司君がしたとは、まだ決まっていないと思う。貴方は、あの子のことをよく知らないから、そうやって怪物の鋳型に閉じ込めてしまう。危険な傾向ね。そうして出来上がった形は、あなたの都合の良い形でしかないのに」
「ただ、今のところ最も合致する人物だ」
二人は一歩も譲らない。
「貴方の気持ちもよくわかります。子供を誘拐されて。しかし、真実を追うならば、さっきのことは忘れてはならないと思うの。でないと、いつか偏見に足元を掬われるから」
「それは、その通りですが」
黒井は、気まずくなり、目の前のお茶を飲み干した。ほうじ茶の苦みと渋みとが際立って香った。
「そうですねえ。片田村歴史資料館の館長が同級生で、神宮司君と仲が良かったはずですよ。あの子は問題児で手を焼きました。あの子が暴れていたのは、両親が共働きで寂しいからでしたかね。私にはよく懐いたものです」
「資料館は、今日もやってますかね」
「あそこは、いつでもやってますよ。彼は、館長という肩書を気に入ったみたいで。人は収まる場所が用意されているんだな、と感心しました。今では、あんなに熱心に、ねえ」
彼はカバンから地図を取り出した。
簡単な手書きの地図。φの真ん中に、片田小学校がある。田んぼに囲まれる立地だ。見通しがよいため、地図なしでも、迷う心配はないだろう。
それから、黒井は、世間話をいくつかした後、田代に礼を言って、立ち上がった。玄関から外へ出る。見上げると相変わらず寒空は、にごっていた。朝よりも降りだしそうな、それは雨粒の予感を含んだ煮凝りだった。
彼の去り際に彼女は、活動を応援するといった旨の声援を投げかけた。田代に背中を押されて、黒井は資料館を目指した。寒風吹きすさぶ。
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