目的

「ヤマヅキ先生、大丈夫ですか?」



 アベは虚空を見つめながら不機嫌そうにしているヤマヅキへ、恐る恐る声をかけた。



 職員室の床にはびっしりとプリント類が散乱し、足の踏み場もない。容易にヤマヅキの方へ近づくこともできず、アベは少し離れたところから話しかけるしかなかった。



「かすり傷です。それより……」



 ヤマヅキは散乱したプリントに目もくれず、手荒に踏み鳴らしながら、先ほどまで不審者が立っていたであろう場所へと進んだ。そこは数秒前まで人がいたとは思えないほどに静寂しており、影の一つとして落ちてはいなかった。



「この事件、思った以上に厄介なものですよ」


「え、ええ、確かに」



「不審者の数は底をしれません。今まで息をひそめていた妖怪共が、この学園に押し寄せている……。一体、何故」


 それはほとんど独り言のようだった。



 やっぱり人じゃないよね、とアベは落胆する。相手が妖怪となった以上、彼女がヤマヅキの足を引っ張らないとは考えられなかった。



 ひっそりと、アベは異色の左目を手で覆う。嫌なことを思い出してから、ヤマヅキに気づかれる前にやめた。



「最初はえんえんら、次に女郎蜘蛛、……しまいには鎌鼬かまいたちまで……わざわざ人間に姿を変えて乗り込むとは、随分手が込んでいるとは思いませんか」


「さっきの人、鎌鼬かまいたちだったんですか」


「恐らくは。風のように奔放な奴等が団体行動とは珍しいですが、これも何か目的があるのでしょう」



 目的が、とヤマヅキは繰り返した。すると、今まで虚空を見つめて何かを考え込んでいた彼女が、急にアベの方へ向き直る。



「どう思いますか?」


「えっ?」



 急に視線を向けられ、アベは頓狂な声を上げた。



「奴等は何が目的だと思います?」


「え、ええっと……そうですね……」



 アベはヤマヅキから目を反らす。わざとらしく首を傾げ、顎に手を当ててみても、考えがなかなか浮かばない。



 そもそも、現代で人ならざる者がまとまって動くことの方が少ない。人と動物とそれ以外、その区別がハッキリとついてしまった現代では、妖怪はほとんど空想上の存在になっている。


 百鬼夜行も室町時代のことだ。その頃では妖怪の大行列もあったが、今ではほとんど幻になっていた。



 (思えば、妖怪が団体として一つの行動を起こすのなんて、いつぶりなんだろう……。お父さんとお母さんが現役だったときでも、そんなの聞いたことない)




「アベ先生」


 はっと息を呑み、アベは顔を上げる。ヤマヅキがいつもと変わらぬ表情で、「何か、」と呟いた。



「い、いや。何にも思いつかなくって、あはは」


「そうですか。本山の方なら何か心当たりがあるかと思いましたが」


「いやぁ……。あんまり聞いたことがないので」




 頭を掻きながら、アベはヤマヅキから目を反らした。

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