どういうつもり?
(どうしよう、どうしよう、バレたかな。この声は絶対ヤマヅキ先生だ。ここで足止めするしかない、よね)
アベは冷や汗を背中にかきながら、背後から迫ってくる足音に耳を澄ます。
一歩、二歩、と早く規則正しいテンポで鳴る足音。アベと共に歩いていた時のものと同じであった。
「アベ先生!」
もう一度ヤマヅキから声がかけられる。もうすぐ後ろにまで迫ってきていた。懐の短冊に震える手をかけ、恐る恐る振り返った。
「何をしているんです。貴方一人ですか」
視界に移ったヤマヅキは、先ほど対峙したときとは少し恰好が変わっていた。
先ほどの不審者の黒ずくめの服からいつもの服装になっていたが、そのところどころがほつれていた。髪の毛も荒々しく乱れている。
目はいつもよりも激しく吊り上がり、敵意がむき出しになっていた。いつもの冷静な態度は見受けられず、興奮したような呼吸の仕方である。額から頬にかけて、一筋の汗が伝っている。
さらに、左足の太ももの辺りがザックリと裂け、露わになった素肌から血が流れていた。
「や、ヤマヅキ先生」
「やられました。職員室を出た瞬間、幻惑にかかったようです。あいにく仕留めきることができませんでしたが」
「だ、大丈夫ですか? その……足……」
アベに指摘され、ヤマヅキは苛立たし気に左足に手をやる。
「こんなもの、少し油断しただけです。それよりも、そちらで何か変わったことはありませんでしたか」
ヤマヅキは先ほどアベと対峙したことなどまったく気にも留めていない様子で、早口に話し続ける。
幻惑、という言葉に少し考える。あの対峙した不審者のヤマヅキは幻惑だったのでは? と。しかし、あの不審者はアベだけでなくスガワラ、生徒二名も目撃している。集団幻覚を見せる妖怪もいるにはいるが、それはごく稀な存在である。
「い、いいえ……。そちらは何か?」
アベはあえて何も突っ込まずに、素知らぬ顔をしてヤマヅキの方を見た。
彼女はそのアベの態度を意にも介さず、ギラギラとした視線で周囲を見回している。
「こちらは……いえ。それよりスガワラを見ませんでしたか?」
「スガワラ先生?」
唐突に口にされた名前に、心臓が飛び跳ねる。やはりヤマヅキはあの三人を追いかけるつもりなのだろうか。
「さぁ、見てないです」
できるだけ自然にそう言った。ヤマヅキの反応を伺うも、「そうですか」と悔し気に眉間に皺を寄せるだけだった。アベの発言を疑っている様子はない。
アベは内心ほっと息を吐きながら、震える手を必死に抑える。
(とにかく今は、スガワラ先生からヤマヅキ先生を遠ざけないと)
「で、でも今、物音が聞こえました」
「どこで?」
「えと、あっちの方で……」
アベが震える手で指さしたのは、スガワラが走り抜けていった反対側だった。
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