追いかけて
遠くから物音が響いたのと、手紙が跡形もなく消え去ったのがほとんど同時であった。
多目的室から少し離れた場所。方角的に、渡り廊下と階段のある場所であろうと推測される。
ふと、アベは先ほど走り去っていったヤマヅキと、生徒二名を連れたスガワラの存在を思い出した。
もしヤマヅキが不審者集団とグルなのであれば、スガワラの身も安全とは確定できない。
幸いにもヤマヅキは三階の方へ階段を昇って行ったが、スガワラの行方が感づかれるのも時間の問題であろう。彼女の鋭さは、隣でアベもよく見ていた。
(急がないと。ヤマヅキ先生に見つかったら明らかに勝ち目がなくなっちゃう。その前に合流するしかない……)
アベは教室から廊下の様子を伺いながら、スガワラから伝えられた作戦を思い出す。
「アベ先生、申し訳ないのですが、あの不審者の気を引いていただけませんか。その間に私たちは後ろの扉から廊下に出て、逃げ出します。気を引くだけで構いません。私たちが廊下に出て階段を下りることが出来たら、アベ先生はどこかで不審者を巻いて、私たちを追いかけてきてください。そうすれば、私が途中で倒れても、後からアベ先生と合流できます」
あの緊急の状態でその冷静な判断が下せたことには感嘆の思いだった。
(ともかく、今はスガワラ先生たちを追いかけよう。どのくらいまで行けたかな。不審者と、あとはヤマヅキ先生に遭遇していなければいいんだけど)
アベは慎重に多目的室の扉を開け、素早く廊下に出る。立ち止まることなく、駆け足で一棟に続く方へと歩みを進めていった。
二棟二階から一棟一階までは、一見近いように見える。だが、その学校の変則的で閉鎖的な空間だと、一本道ではなかなか回り込むことができないようになっていた。
そもそも、二棟には一階へ続く階段が一つしかない。しかも二棟の一階に降りたところで、一階から外には出られず、どこにもつながっていないのだ。
だから二棟二階から外へ出るには、一棟の二階から昇降口を下りるか、緊急用の階段を降ろして一階に下りたのちに裏口か下駄箱しか出るしかない。
最初の不審者騒動で昇降口はもう塞がれているので、わざわざ一棟一階まで足を運ぶしかなかった。
アベはほとんど全力で走っていた。そこまで足が速いわけではないものの、先を行くスガワラたちの後ろ姿も確認できていなかった。
(最短距離で行くって言ってたし、どこかで身を隠しているのかもしれないけど)
すぐに追いつけると高をくくっていたアベからすると、一歩一歩を進めるごとに不安が強くなっていく。もしや不審者に遭遇して襲われたのではないか。そしてその凶行によって……。
そこまで考えて、身震いをした。
「アベ先生!」
と、同時に背後から声がかけられる。
アベは内心驚きながら歩みを止め、しばらくそのまま突っ立っていた。
背後から聞こえたその声は、まぎれもなくヤマヅキのものだ。
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