神社
そこは騒動から遠く離れ、清々しく冷たい風が吹きつける山頂だった。そこには人里を嫌うようにして建てられた、古いながらも堅牢な神社がある。
周囲は高い木々に守られ、背後は自然によって作り出された断崖絶壁である。崖の上には、一本の巨大な御神木が、大きく枝を広げていた。神社は、その御神木にもたれるようにして立っている。
平日の昼であるにもかかわらず、都会からも田舎町からもかけ離れたそこは異様なまでに静かだった。鳥が鳴き、葉が風にそよぐ音、川の中の稚魚が波をかき分ける音すらも響いてくるようだ。
その神社の中、昔ながらの畳の上に正座し、ひたすらに目を閉じて手を組んでいる男がいる。もう老年であろう男は、その年齢を感じさせることなく、ピンとした姿勢で、不動の限りを尽くしている。
汗もかかず、閉じられたまつげすらもピクリとも動かず、そのまま死んでいるかのように座っていた。丁寧に着つけられた和服には、家紋のような複雑な文様が刻まれている。
男の目の前には、何やら古びた和紙のようなものが仰々しく飾られた祭壇があった。和紙は人のような形に切られており、少しの風の影響も受けないように、厳重にガラスに覆われていた。
ふと、男が目を開ける。組んだ手をゆっくりと離し、初めて呼吸をしたかのように、震えながら溜息を吐く。男がようやく動いたとき、それと同時に奥の襖が開いた。
「どうですの、お嬢さんは」
奥の襖からは、髪を高く括った、妙齢の女性が入ってきた。関西のなまりと標準語の混じった、変な発音の仕方である。
男は答えず、ゆるゆると首を振る。その背中はピンと伸びていながらも、どことなく哀愁があった。
「そういや、さっきどっかで鶴が飛んでったようですがなあ。季節でもないのに珍しいもんですわ」
女は足音も立てずに畳の上を滑り、目で追う間もなく男の数歩後ろへと身を寄せる。
「縁起でもありまへんな、季節外れの鶴なんて」
「分かった、分かった、悪かったなぁ、お前の倅に任せんで」
男は参った、とでもいうように両腕を上げ、振り返る。女は冷めた目をして立っていた。その両目は、アベの左目と同じ、澄んだ青色をしている。ただ一つ違うとすれば、その瞳の中心、瞳孔の部分が黒色であることであろう。
「ま、わたくしそないなこと言うてません」
「言ったようなもんじゃないか」
男は先ほどとは違い、人の好さそうな顔をしていた。目の色は両目とも黒色だったが、その奥には鈍い光が宿っている。
「件は、あれの修行も兼ねているんだよ。ここを継ぐのにも技量がいる。才だけじゃぁいかん」
「えらいお嬢さんを可愛がっておられるんねえ」
「なんだ、今日はえらく機嫌が悪いじゃないか」
女は青い目をツンと鋭くし、やがてため息交じりに立ち上がる。
「もう鶴は出んとええですなあ」
それだけ残し、女は部屋を足早に立ち去る。残された男は頭を掻きながら、背中でコソコソと紙飛行機を折っていた。
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