保健室

 保健室は4棟の一階にある。他の棟よりも少し小ぶりであり、何か小屋のようなものを無理やり繋げたような形状だった。高さも他より劣り、2階までしか存在しない。



 その一階の突き当り、少し広くスペースを取ったそこに保健室があった。




 鍵が閉まっていなければいいが、と、アベは扉を目前にしてようやく考える。背中で感じるヤマヅキの鼓動は正常だったが、いつ重症化してもおかしくないような怪我である。恐る恐る扉に手をかけると、抵抗なく開いた。



 アベは安堵すると共に、驚愕した。内装が荒れていたのである。


 

 何かが慌ただしく利用したかのようだ。引き出しは無造作に開けっぱなしになっており、いつもは施錠されている薬品棚も、南京錠が破壊されて開放されている。幾つか使用されたようだ。



 包帯が床に転がり、白い線となっている。相当長く使ったようで、新品のそれと比べると、すでに半分ほどなくなっていた。切れ端が雑に切り取られている。隣で消毒液のボトルが倒れていた。





 しかし、今は気を取られている場合ではない。アベはすぐに扉の鍵を閉め、ヤマヅキを一番奥のベッドに降ろす。念のためカーテンを引いてから、「透」の短冊を取り外した。



 取り外した瞬間、ヤマヅキがベッドに横たわった状態で姿をあらわす。服はところどころが切れ、そこから肌が露出している。左足の太ももは服の下の皮膚まで切り裂かれ、流血した跡が残っていた。




 アベはヤマヅキの袖をまくり、脈をとる。きちんとした脈拍だった。呼吸もきちんとしていた。今はどうやら気を失っているだけのようだ。だが油断はできない。怪我の状態を確認しなければ。




(ごめんなさいヤマヅキ先生、でもしょうがないんです)





 心のなかで謝罪し、服の上半身を脱がす。服の下は鍛え上げられた筋肉美の体だった。見せるためと言うよりは、実用していくうちに自然と育てられたような筋肉である。あれだけ腕が立つのも納得だった。



 だが、その皮膚は焦げたように薄黒くなっていた。きっと生きた状態でAEDを当てられた人間は、このようになるのだろう。内側から焼かれたような、感電したような傷が皮膚に浮かび上がっていた。




(皮膚の熱傷がひどいな。体内までいってませんように。切り傷は多分、術で治せるけど……広範囲の熱傷は治しきれないかもしれない。体内ならなおさらだ)




 アベは懐から短冊を取り出し、「治」と書く。切り傷のあるところに当てると、短冊が崩壊すると共に、傷口が塞がっていった。



(よし、じゃあ次は熱傷の処置だ。……あ、そうだ)



 ふと、アベはヤマヅキの首についている古いチョーカーへ視線を落とす。怪我をしている今、外した方がいいだろうと、指を伸ばす。





 が、首輪に触れようとした瞬間、悪寒が背中を走った。スガワラの気配とは段違いな、本当に触れてはいけないものを目の前にしたような緊張感である。すぐに手を引き、ドキドキと高鳴る心臓を押さえつける。




(多分、かなり強い呪いがかかってる。これは……契約? 分からないけど、強い呪物に近いものなんだろうな。私じゃ触れない……。なんでこんなものを着けているんだろう)



 アベはすぐ首輪に触るのをやめ、保健室の薬品棚へと視線を移した。

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