探索開始
外靴のまま踏み出した一階の廊下には、人っ子一人として見られなかった。
金物を切るような静寂に包まれた長い廊下で、ヤマヅキは放送の内容を思い出す。
―忘れ物が複数発生しました。
ヤマヅキよりも先輩の教員が言っていた言葉だ。
複数。
(曖昧な表現だ。そもそも、この忘れ物が発生したという情報は、一体どこから得たのだろうか……)
静かに頭をひねるも、明確な答えが出ない。それに、肝心なその放送をかけた教員は、グラウンドにも姿を見せていないのである。
最悪の状況を思い浮かべる。あくまで可能性であるが、そうなってしまっているということは十分にあり得た。
「……放送室は無事ですかね」
「え?」
急にここから遠い放送室の安否を問われ、アベは一瞬困惑する。しかしアベは、先ほどスガワラが言っていた言葉を思い出して、すぐに納得した。
「ああ、ホノダ先生のことですね。たしかに、グラウンドでは見かけませんでしたね」
「気がかりです。彼のことも探しましょう」
「そうですね。無事だといいのですが……」
まともな遺体が見つかればいいのだが、とヤマヅキは心の中で呟きながら足を進める。アベはその後ろをついて行く。
校舎に残っている生徒の数は、せいぜい多く見積もったとしても、50人程度であると、ヤマヅキは予想していた。
先ほどに教務主任からの指示を聞いていた間にも、何人かの生徒が校舎から走って出てきたのを見ている。自力で脱出している者があれだけおり、かつ、何クラスかは移動教室があったはずだ。
ヤマヅキたちが探索をしているこの間にも、生徒が自力で脱出しているかもしれないし、彼女たちのほかにも体育教諭が救助に当たっている。だからヤマヅキが実際に関わって救助する生徒は少ないだろうと見積もっていた。
しかしそんなことも露知らず、アベはまだ校舎内に取り残された生徒たちのことを想像しては、落ち着かない様子で視線を巡らせていた。
あちこちに体を向け、警戒するようにふらふらと同じところを歩き回り、なぜか腰を落として臨戦態勢を保っている。
「……アベ先生」
思わず、ヤマヅキが声をかけた。
「へ? な、なんです?」
「挙動不審すぎます。もう少し落ち着いてください」
そうですかね? と呟くアベだが、明らかに肩の力が抜けていない。ヤマヅキはあからさまな溜息をついた。
「まぁいいです。早く行きましょう。1組から調べていきますよ」
「え? 教室を一部屋ずつ回っていくんですか?」
困惑したような声を上げるアベに、平然とした顔でヤマヅキはうなずいた。
「当然じゃないですか? 生徒が全員廊下にいるとでも?」
「あ……そうですね、すみません」
その強い語気に、アベは圧倒される。
時間がかかると思ったんですけど、という言葉は飲み込んだ。アベは着任当初から、このヤマヅキに苦手意識を抱えていた。
(相変わらず冷たいなぁ……)
そんなことを考えながら、アベはふと、自分が先ほどまで授業をしていた教室のことを思い出した。
「あ!」
その頓狂な声に振り返ったヤマヅキの表情は固い。アベは眉尻を下げて言った。
「えと、4組からでも……いいですか? ちょっと忘れ物がありまして……」
「構いません。早くしましょう」
そう言い放つヤマヅキの声はいつもと変わらないが、どこか威厳がある。
アベは苦笑いをしながら、早い足で進んでいくヤマヅキに、必死になってついて行った。
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