行方不明

「なんか、電話が繋がらないんだけど」


 不安そうな表情を浮かべる生徒たちを目の前にしながら、教務主任は自らのスマートフォンを片手にそう呟く。



 グラウンドからは、すでに半数の生徒が脱出に成功していた。アベとヤマヅキ、それに体育教師らが生徒の救出に校舎へ向かった後、残った教員たちが保護者の緊急連絡網に繋げ、生徒たちを迎えに来てもらっていたのだ。



 ひっきりなしに学校へ訪れる保護者たちは、皆汗まみれであり、ほとんど泣きそうな表情をしながら、自らの子供を連れて帰って行った。引き渡しの担当をした教員に対して、怒鳴り散らしていく者も少なくない。そんな光景を目にしながら、教務主任も生徒の帰宅に尽力していたところである。



 彼がふと、スマホで時刻の確認をしようと画面を開くと、右端の方に「圏外」と示されていた。もしやと思い、試しに、自らの友人に電話をかけてみる。繋がらない。



 放送がかかり、生徒たちの避難が始まった頃では、きちんと繋がっていたはずである。実際に警察には通報済みであるし、保護者の連絡網にはちゃんと連絡がいっている。


「おかしいな……ちょっと、誰か?」



 教務主任が周囲を見回す。



 校門には、保護者に引き渡されていく生徒と、もう何度も怒鳴り声を浴びせられている社会科の女性教員がいた。まだ残っている生徒たちを、養護教諭と理科の男性教員が必死に落ち着かせている。遠くの方で「立ち入り禁止」のテープを張っている教員たちも、なにやら忙しない。



 誰か声をかける余裕のある教員はいないか、と、教務主任が周囲を見渡していた時である。


 ふと、グラウンドの隅の方を見やる。生徒たちから離れた、日陰になっている部分である。そこに、先ほどまでスガワラが腰を掛けて休んでいたはずであった。



 しかし彼の姿はどこにもなく、主任がグラウンドの隅々まで視線を巡らしても、どこにもいない。



「スガワラ先生? ……あれ?」


「しゅにーん、すいませーん」


 教務主任の背後から、家庭科担当の女性教員が声をかける。ちょうど作業が一段落したところのようで、肩を回しながら、疲れたように首を左右にかしげていた。女性教員は脇に挟んだバインダーに目をやりながら、口を開きかける。それを、教務主任が遮った。



「ねぇ、スガワラ先生見なかった? ここにいたはずなんだけど」


「え? 何? スガワラ先生? いやぁ、見てませんけど……。というか、ホノダ先生の行方が分からないんですよぉ。教員リスト、埋まらなくてぇ」


「まだ見つかってないの?」


「はぁい。てかスガワラ先生もいないんなら、リストが二つも空欄になるんですけど? どうなっているんですかねぇ」


「ちょっと、見せて」



 教務主任が、女性教員のバインダーを半ば強引に手に取る。


 それは、今、安全の確認が取れている教員たちのリストであった。また、教員らがそれぞれどの作業をしているのかまとめているものでもあり、名前の隣に、今行っている作業とその進捗状況が書かれている。



 見ると、「ホノダ リョウジ」と書かれた欄の隣に、「行方未だ分からず」と走り書きしてあった。そして「スガワラ マコト」と書かれた欄の隣には、「生徒たちのケア」と書かれていた。



「スガワラ先生の欄、いつ書いたの?」


「十数分前ですかねぇ。私が見たときは、養護教諭さんのお手伝いしていましたけど」


「あー、そう……。ちょっと、養護教諭さん呼んできてくれない?」


「はぁい」



 そう言いながら、女性教員は少し嫌そうである。すぐに養護教諭の方へ向かい、一言、二言話した後、養護教諭の女性が、教務主任の方へ小走りに駆けてきた。



「主任、どうなさいました?」


 白衣を身に纏った姿の養護教諭はまだ年若く、この緊急事態に焦りを隠せていないようだった。


「ごめんね、急に。スガワラ先生がどこ行ったか知らない?」


「スガワラ先生? えっと……」



 養護教諭が、先ほど主任がしたように周囲を見回す。



「すみません、私、スガワラ先生の体調がすぐれないようだったので、日陰の場所で休んでいるように言ったんですけど……」


「休むように指示しただけ?」


「えっと、はい。何度も咳き込んだり、頭が痛そうにしてたりしていたので、とりあえず先生も休んでてくださいって言ったんです」


「そしたら?」


「すみません、って言って、そこらへんの日陰で座ってました」



 養護教諭が指さした方向は、先ほど主任も確認した日陰であった。



「その後は何も聞いてない?」


「はい。私も生徒さん方のケアで忙しくしていましたし、確認していませんでした」


 そう言いきるや否や、生徒たちのケアに当たっていた理科の男性教諭が、養護教諭の名前を呼んだ。彼女はすぐに返事をし、主任に会釈して、生徒たちの方へ走って行ってしまう。


 教務主任は小首をかしげながら、未だ繋がらない携帯電話を握りしめ、不審者がひしめいているであろう校舎の方を見上げた。

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