例外

「やっぱり、考えても駄目だ……」


「は?」




 静かに首を振ったアベを前に、ヤマヅキはさらに警戒を強めた。寝具のカバーを、人間の形になった爪を食い込ませて握りしめる。




「どういうつもりだ」



 ふと、視線と視線がぶつかる。意外にも、アベがヤマヅキにむけた視線には迷いがなかった。いや、どちらかと言えば必死な、額に汗しているかのような直線的な視線だった。




 迷ってはいけないと自分に言い聞かせているのが聞こえてくるようだ。彼女は息を吸ってようやく言った。








「黒炎をどうするつもりもありません。ただ私は、生徒たちを助けたいんです。そのために、力を貸してくれませんか」







 一瞬、ヤマヅキは面食らった。アベがヤマヅキに向かって、右手を差し出したからだ。宙に浮いた手のひらは横を向き、相手からの握手を求めてとどまっている。



 アベの顔は真剣そのものだったが、ヤマヅキは疑惑と困惑が混じったような表情だった。まるで暖簾を押したかのような感触のなさ。





「意味が分からない。何故私が陰陽師と協力を?」




 陰陽師は人間だ。人間の分際で幽世の理を扱う、傲慢で忌み嫌うべき存在である。現世で妖怪のごとき術が使えるだけで、この世のすべてを担っているかのような顔をする人間だ。




 誇り高い炎虎が、人間に手を貸すなど、前代未聞である。





「黒炎をどうするつもりもないなら、さっさと立ち去りなさい。邪魔者は二人もいらない」


「……ヤマヅキ先生、お言葉ですけど」




 アベの息が詰まった。胸を内側から圧迫されるような感覚である。目の前にいるのが炎虎であるという事実は認識から外れていた。宙に浮く右手が震えだす。汗が額からにじみだした。





「現状はそんなこと言ってられません。生徒を助けるにも、黒炎をどうするにも、そんな……悠長な……」




 アベの様子がおかしくなり、ようやくヤマヅキも気が付いた。



 何かがこちらに向かってくる。紆余曲折しているようだったが、それは確実に向かってきている。考えるまでもなかった。連中である。





「早い……」



 ヤマヅキは立ち上がり、扉の方を伺う。もう少しは時間が稼げるものだと思っていた。傷の治りはそこそこだが、完治と言うまでには十分ではなかった。




 耳を澄ませば、遠くの方でがやがやとしたような、有象無象の気配がする。ぽつりぽつりとばらけているのもあるが、大抵はまとまっているようだ。



 ヤマヅキはアベの方を見る。アベは先ほどと同様、ヤマヅキに真っすぐと視線を向けていた。





「……利用するだけです」




 ため息交じりに、一呼吸で言い切ると、ヤマヅキは差し出されたアベの手を無造作に叩いた。アベの表情はようやく力が抜けたように緩み、気が抜けたと同時に、左目へ手をやる。すでに目に痛みがあった。




「陰陽師、貴方の術で何かできませんか」

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