停滞

 ヤマヅキの手が引っ掛かり、それと同時にカンッという音が鳴る。音楽室のドアが鍵に引っ掛かった音である。


「カギがかかっている。次へ行きましょう」


「ああ、はい……」



 アベがそう相槌をうつや否や、ヤマヅキはもう歩き始めていた。


 しかし、ヤマヅキはすぐに二階へ上がろうとはせず、階段を通り過ぎて、向いの突き当りへと向かっている。突き当りのドアのプレートには、「図書室」と刻まれていた。


「図書室も見るんですね?」


「当然でしょう。生徒がどこに隠れているか分かりません。隅々まで見なければ」



 アベは恐る恐る、ヤマヅキの後を追う。先ほどまで怒りを露わにしていたのにも関わらず、彼女の態度に変化が見られない。そのことが少し不気味であり、やはりアベはヤマヅキに対して苦手意識を持たざるをえなかった。



 変わらず、ヤマヅキはためらいなく図書室のドアを開く。しかしまたしても、ドアが鍵によって閉ざされていた。数回ガチャガチャとドアノブを捻るも、鍵は強固にドアを固定している。



「なるほど。……では二階へ行きましょう」


「あっ、はい。まだ生徒の姿はありませんね」


「ここはまだ不審者の姿も少ないですからね。生徒が出くわさないことを祈るまでです」


 ヤマヅキは言いながら、二階へと繋がる階段を昇って行く。アベはまだ解けない緊張を胸に抱きながら、見失わないように足を速めた。





 ふと、アベは何気なく背後を見やる。そこには、廊下にぽつんと残された不審者の黒い衣服があった。


 普通じゃありえない現象である。しかしヤマヅキは、それを目の当たりにしても平然としていた。しかも、あろうことか彼女は、不審者の存在を教室のなかから察知していた。いくら彼女が武術を修めているからと言って、さすがに人並外れている。



 アベは目の前を歩くヤマヅキの背中を眺め、跳ねる心臓を必死に抑えようとした。



 (不審者に遭遇したとき、左目が反応していた。不審者について問い詰めたときのヤマヅキ先生の態度と言い、なんか、変なんだよね……)



 途端に、ヤマヅキが得たいのしれないようなモノに見えてくる。もやもやとした心情に突き動かされるまま、アベが問いを発する。



「ヤマヅキ先生は、不審者の正体は何だとお思いですか?」



 彼女は足を止め、階段の途中で立ち止まる。



「……どういうことですか」



 振り返ったときのヤマヅキの視線は力強く、恐ろしいほど鋭かった。アベは思わず息を呑むが、気圧されないように毅然として言葉を継げる。


「だって……変じゃないですか、あの不審者……。あんな現象、人間には不可能ですよね。しかもあんなのが、集団って……おかしいと思いませんか」


「……」


 ヤマヅキはすぐには答えなかった。少し黙って、アベの表情を見極めているようである。その言葉の真意をくみ取るかのように目を細め、やがて呟くように答えた。



「さあ。もしかしたら、人間じゃないかもしれませんね」


「やっぱりそう思いますか」


「分かりません。……これでいいですか」



 それだけ言い切り、ヤマヅキは再び歩みを進める。しかしすぐにまた足を止め、もう一度振り返った。



「今後、こんな茶番はやめてください。何も知らないかのような言い方をして……。少なくとも私はもう、貴方のことを知っていますから」



「えっ?」


「隠し立てなくても結構です」


 ヤマヅキのマスクで隠れた口元が歪む。



 アベは彼女の言っていることが分からず呆然としていた。だが、それすらもヤマヅキにとっては癪に障ることらしく、まるでアベを突き放すかのように足を速める。二階への階段を登り切り、すぐさま廊下を突き進んでいった。アベは困惑と気まずさを抱えながらも、二階へと進むヤマヅキの背中を追った。


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