本性
ヤマヅキが耐えきれずに口の端から漏らしたのは溶けた銅だった。熱された状態のそれは容赦なく彼女の肌を焼く。脂汗をにじませながら、彼女はやっとの思いでそれを飲み込んだ。
「す、スガワラ先生……」
その光景を目の当たりにしながら、アベは冷たい表情のスガワラへ声をかける。ふと見上げると、彼の首元には何かバーコードのようなものが描かれていた。
だが、スガワラはアベの声など聞こえていないかのようだった。彼は一心にヤマヅキの方を見入り、歯を激しく食いしばっている。その口角は微妙に上がっていた。
「……いつから、だ」
ヤマヅキはその視線に気づき、毅然と睨み返す。カッカと火傷の痛みが残る喉元から、人の声を何とかひねり出した。
「いつから?」
スガワラはその問いに、半ば嘲笑を含めて返した。彼はヤマヅキが痛みに顔をゆがめている様を、心底面白そうに眺めているようである。いつもの温厚な雰囲気は微塵も感じられない。まるで別人になってしまったかのようだった。
「いつからそこに入った」
その奇妙な言葉に、アベの心に疑問符が浮かぶ。が、それだけでスガワラには伝わったようであった。
「教えてやる義理がどこにある?」
喉を鳴らし、ヤマヅキを冷笑する。相手を馬鹿にするためだけの笑い声だった。悪意をわざと見せつけ、睨みつけるヤマヅキを一瞥する。
するとスガワラは表情を一変させ、怒りを露わにする。目は狂乱に見開き、両手で頭を抱えながら大きく息をした。
「お前を殺すためにこれだけやった! すべては貴様を焼き殺すためだ!」
スガワラは指を一つ鳴らす。その音に応じたかのように、教室から複数の不審者が姿を現した。
彼らは皆同様に全身真っ黒の恰好をしており、頭の覆面、刃渡りの長い刃物を携えているところまで、今まで対峙した不審者とまったく同じ特徴であった。背格好はそれぞれで異なるが、その覆面の下は、皆そろって妖怪なのだろうと予測できる。
「そんな……」
そこまで見て、アベはようやくこの事件の首謀者を理解した。それと同時に、先ほどまで預けていたはずの二名の女子生徒のことが頭をよぎる。
「あの二人は?!」
思わず口をついて出たが、それに対してスガワラはひどく冷淡な表情だった。
「……さぁ?」
息を呑む。嫌な想像が止まらなかった。
不審者の集団はスガワラに付き従っているようである。スガワラの数歩後ろまで集まってきたが、それ以上先には出ようとしなかった。
「陰陽師に興味はない。……狙いは炎虎のみだ」
すぐそこの不審者たちに言い聞かせるように低い声でそう呟く。炎虎、という言葉に反応するように、不審者たちの多くがヤマヅキの方へ狙いを定めていた。
(炎虎……って、嘘)
アベは記憶の片隅にその単語があった。
幼い頃に教えられた地獄の話。悪い人間は死後地獄に堕とされ、刑罰を受けるのだと。
その罰に使用される炎は、現実世界にあるものとは全く異なる。物理法則を簡単にゆがめられるほどの力を持つ、強大にして危険な炎。
それを操るのが、閻魔直属の忠臣、炎虎だと……。
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