行方

「あっ!」



 と、アベは目を見開く。彼女が偶然目を反らした先に、俊敏に動く影を捕らえていた。




 慌ててアベは口元を押さえる。ヤマヅキもアベの向いた方へ目を向けるも、すでに影はどこかへ消えていった。




「何か?」


「人影が見えて……」



 アベが向いた方向は、職員室の壁側である。建付けの悪い窓が高い位置に備えつけられている壁である。その先は一面が緑で覆われており、学校裏の森の殺風景な景色だけがそびえていた。



「どっちに行きました?」


「えっと、扉の方に」


「なるほど」



 そう呟くや否や、ヤマヅキはほとんど駆け足で職員室を出て行ってしまう。扉をくぐると、左右上下に気を配り、目線を巡らせていた。



 キョロキョロとした視線は、まるで獲物を取り逃さないよう気を配る猛禽類のようである。首ごと動かしながら、振り返ったり、壁に目を向けたりしており、その表情はいつもよりも厳しい。







 遅れながらも、アベも後へ続いた。






 アベが扉をくぐった瞬間である。ふと、目の前が一瞬暗くなったと思うと、急に明るくなり、廊下へと出てしまった。




 背後を振り返っても、先ほどくぐったはずの職員室の扉が見当たらない。廊下の突き当りは壁になっており、歩みを進めても、なかなか突き当りまで行けない。



 青い廊下の奥へと進む。暗く明るく、階段を下りながら、最上階までたどり着いた。グラウンドは目の前であり、そこは殺風景にも日光が注いでいた。



 振り返ると、そこはただの壁である。手をついて歩くと、扉で手が引っ掛かる。教室の名称が書かれた札を背にしながら、階段を駆け足で昇っていく。小石を蹴とばして、太陽の沈む方を見てみる。



 どうやらいつもそちららしい。だとしても、影が見えた。靴が片方ないのか、むずむずとした感じがする。



 心許ない、もうすぐ屋上だ。出られない。壁に手をついても、囲まれている。四方に散らばり、落ちるが、足がまだついていた。まだ先はある。



 鍵をなくしてしまったため、目の前の扉が開かない。カツン、と壁にかかった音が鳴った。水の音が聞こえる。じめっとした地面に、アベは思わず嫌な顔をした。職員室が見えていたが、壁に阻まれてしまった。思わず床に手をつけ、ゆらゆらとした扉を睨みつけた。



 階段を下りる。閉鎖的な空間のため、まだ続いている。登りきってしまうと、屋上の真反対に出てしまった。裏口はここじゃないので、やり直しである。下駄箱の方はグラウンドから遠い。音楽室にも階段が続いていたはずだが、そのための鍵が必要であった。暗いが、なんとかなっている。また扉であった。










「先生っ!」





 アベの背後から声がすると同時に、腕を掴まれた。



「……え?」


「こっち! 先生早く来て!」



 小声ながらもしっかりとした声色である。腕を引っ張る力は強く、妙にほてっている。


 視界の定まらないままアベは腕を引かれる方へ抵抗せず向かった。数歩だけ後ずさると、すぐにとある教室へと押し込まれた。





 (……多目的室?)

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