それはあまりにも衝動的な行動だった。



 アベは左目の痛みに耐えながら、やっとの思いでその一部始終を見ていた。スガワラが豹変し、ヤマヅキを痛めつけるその様を見て、ほとんど考えなしに行動した結果が、これであった。




 ヤマヅキは意識を失ったようで、目を閉じてグッタリとしている。何とか彼女の体を支えるも、体の火傷がひどく、触れるのも憚られる状態だった。アベはキュッと口を結び、すぐにこの場から逃げることに思考を移す。



 左目は使い物にならない。先ほどから視界がぐにゃぐにゃと曲がり、何より痛む。血涙まで流れてしまっている始末だ。左目を閉じ、視界が狭まれた状態でこの場を切り抜けなければならない。





(とにかく、どうしてか知らないけどスガワラ先生の狙いはヤマヅキ先生だ。この二人を遠ざけよう。逃げるなら、そう……保健室)






 そこまで考えたその時、スガワラが大きく叫び声を上げた。発狂に似たような、狂気と憎しみが混ざり合ったような咆哮。アベが顔を上げると、スガワラが頭をガリガリと搔きむしり、抱えるようにしながら目を見開いていた。


 うう、うう、と口の端で唸り、その目は何か激痛に耐えるかの様である。首筋から顔にかけて血管が浮き出ており、激昂しているのが伺えた。





 ふと、スガワラと目が合う。アベは今透明化しているので正確に合ったわけではないが、視線がぶつかり合った。変な汗が流れてくる。奥歯がガタガタと震え、左目が鼓動と共に圧迫された。





「邪魔を……邪魔を邪魔を邪魔をするな! 失せろ失せろ失せろ失せろ失せろ失せろ!」



 悲鳴のような叫び声と共に、アベの肌がピリリと痺れた。ハッと息を呑み、手にしていた短冊に咄嗟に「絶」と書き直した。



 書き終え、短冊を手にして前に掲げると、ビリビリと激しく焼き付くような感覚が伝わってくる。幸いにも痛みはない。が、その衝撃は強く、もうすでに短冊の上の方がボロボロと崩れ落ち始めていた。




 廊下の壁が崩れていく。スガワラの凶弾が反響するように、雷鳴が轟き、無数の細い雷が周囲を刺しまわった。唯一、アベとヤマヅキの周りだけが無傷だった。





 それも時間の問題だ。短冊はそう長くはもたない。よほど強い力に当てられているのか、いつもよりも崩れるのが急激に速かった。もうすでに短冊は三分の一ほどになり、効力も切れてしまいそうだ。




(まずい……どうしよう、せめて「透」が崩れる前にここを離れないとだめだ。でも、「絶」が……)



 ギュッと短冊の端を握りしめる。もう消えかけそうな短冊の端である。それと同時に、気を失ったヤマヅキを片腕で抱きかかえた。




(せめて、せめてヤマヅキ先生だけでも!)

 


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