5-3

 目指す山間の村は、驚くほど寂れている。家屋は所々に点在するが、明かりが点いている気配はない。夜とはいえ、時間はまだ十九時。就寝するには早すぎるだろう。


「……真っ暗ですね」

 車を走らせながら、尚登が言う。これから少しでも聞き込みが出来れば、と思っていたが、一体どこに行けばいいのか。

「行方不明者の足取りとしては、ここから先にある蚕谷村さんこくむら付近が最後ってことになってるわね」

「携帯のGPS信号を調べたってやつですよね? でも、こんな山奥ですよ? 単に信号拾えなくなっただけって可能性ありません?」

「けど、そこから先に抜ける道はないみたいよ? 一人でいなくなっているなら遭難の線も考えられるけど、三人一緒、とか、地元民も、ってことを考えると、やっぱりおかしいのよ」


 キノコ狩りの季節でもないのに山に入り込むだろうか? しかも周りに『山に行く』と伝えている人間が誰一人いないのだ。皆、黙って姿を消した。事実だけで事件を追えば、これはただの失踪事件であり、十四名の神隠しという結論に達したのは偶然の産物でしかない。


「警察に通報してきたこの匿名の男性ってのが気になりますよね」


 そう。この数件の失踪事件を結び付けたのは、外からのタレコミだ。数名の名前を挙げ、きちんと調べるようにという電話があった。実際、数件を照らし合わせた結果、どうやら蚕谷村付近で消息を絶っている人物が多数いると判明。


 しかしその情報を基に県警が調べたが、何も出てこない。


 その後、電話を掛けてきた男とは連絡が取れず、どこの誰なのかはわからずじまい。電話は公衆電話からかけられており、場所は蚕谷村に向かう山道の入り口付近。もしかしたら彼も、なにかしらの形で事件に巻き込まれた可能性もあった。


 くねくねと曲がるカーブをいくつも超えると、少し開けた場所に出る。この辺りから蚕谷村さんこくむらである。


「蚕谷村って、カイコ、っていう字を使うのね。もしかしてこの辺りで蚕を飼ってたりするのかしら?」

「蚕って……芋虫の王様みたいなやつですよね? 俺は苦手です」

 肩を竦め、尚登。そんな尚登を見て、安城がクスッと笑う。

「あら可愛い」

「え、安城さんは大丈夫なんだ」

「そうね、私は案外大丈夫」

「……安城さんて、」

「なに?」

「弱点、あるんですか?」

 真剣な声で聞かれ、安城が眉を寄せる。

「ちょっとぉ、どういう意味よ」

「あ、いや、すんません」


 そうこうしていると、道路脇に明かりの灯った古い屋敷を見つける。農村地帯にある豪邸は、門構えが半端ない。


「あ、そこ、行ってみます?」

 明かりが灯っている。

「そうね」


 尚登は路肩に車を停めた。

 門を潜ると、右手には大きな蔵。正面には平屋の一戸建て。土地だけで五百坪はくだらないであろう敷地には整えられた日本庭園。

 玄関前で、呼び鈴を鳴らす。

 しばらく待つと、ガラリと玄関のドアが開けられ、中から顔を出したのは怪訝そうな顔をした初老の男性だった。


「夜分にすみません、実は、」

 懐から警察手帳を出そうとする安城を、尚登が右手で止める。


「え?」

「あれ?」


 止められて驚く安城と、止めた手を見て驚く尚登。


『ナオト、コクーンゲイト、と口にしろ』

 突然ヴァルガがそう言った。

(は?)

『いいから、早く言え!』

 急かされ、尚登はわけもわからず、

「コクーンゲイト」

 と口にした。


「は?」

 安城が尚登を見上げる。尚登は黙って安城の目を見る。

「ああ、今からか?」

「……可能であれば」

「少し待て」

 男性はそのまま家の奥へと引っ込んだ。


「ちょっと、遠鳴君、今の、なにっ?」

「あ、えっと、後で説明します」

 それ以上のことは言えなかった。


 二~三分待たされただろうか。奥から戻ってきた男性は、手に地図のようなものを持っている。


「今日はもう駄目だ。明日の朝出直せ。これを」

 そう言って手渡される。

「わかりました」

 尚登はそれを受け取ると、頭を下げ、外に出ようとした。が、

「どこに泊まる気だ?」

「あ、えっと、麓のホテルに……?」

 思わず疑問形で答えてしまう。すると、

「あのホテルはもう潰れて営業してないぞ。行くあてがないなら、上がれ」

 と言って、踵を返す。


 尚登と安城は顔を見合わせた。


「ほれ、早く!」

 急かされ、つい、

「あ、はい!」

「お邪魔しますっ」

 と、上がり込んでしまう。


 通されたのはだだっ広い居間。大きな木のテーブルは掘りごたつになっており、そこには老婆が座っている。男性の、母親だろうか。


「……こんばんは」

 恐る恐る挨拶をすると、尚登を見てにっこり笑った。

「ちょうど今から食事なんだ。よければ一緒に食べてけ」


 男性に言われ、流れで夕飯をご馳走になることとなる。

 静かな夕餉だった。


 尚登が何をしようとしているのかわからない安城はあえて会話を避け、尚登は尚登で、当たり障りない話を振るのだが、男性は曖昧な返答しかしない。


「ああそうだ、いいものがある」

 食事の途中、男性が席を立ち日本酒の瓶を持ち出す。

「飲めるか?」

「ええ、まぁ」

 安城が答える。尚登も頷いた。

「いただきます」

 なんとなく乾杯し、流し込む。飲みやすく、美味しい酒だ。

「部屋を用意する。今夜はゆっくり休め」

「すみません」

「ありがとうございます」


 なんだか落ち着かない雰囲気だった。昔話なら、夜中に何かが起きるパターンだろう。


「ねぇ、遠鳴君」

 我慢出来ずに口を開く安城に、尚登は

「よかったですよね、泊めていただけて。危うく車中泊になるところでした」

 と、努めて明るく言い返す。

「……そうね」

 安城はそれ以上何も言わず、カップに注がれた酒を飲み干した。


「お二人は、夫婦じゃないの?」

 突然飛び出した質問は、今まで黙っていた老婆から発せられたものだ。

「え? あ、違いますよっ」

 安城が慌てて手を振り、答える。

「あら、そうなの」

 ニコニコしながら、そう返される。


「用意が出来た。こっちだ」

 男性に言われ、席を立つ。

「あ、荷物取ってこなきゃ」

 安城がそう言い、玄関の方を見る。

 と、ふらり、安城の体が揺れる。


「あ、れ?」

「安城さんっ?」

 倒れそうになる安城を支えようと手を伸ばす。だが、


 クラッ


 視界が、歪む。


「え?」

 尚登が安城を支えたまま、膝を突く。

「な……ん、だ?」


 そして、暗闇に包まれる――。

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