第六章 phantom love ~怪人の愛~
6-1
『この世界にも、輪廻はあるのか?』
珍しくヴァルガから声を掛けられ、尚登は読んでいた本から視線を上げた。
「輪廻? ああ、生まれ変わりってこと? まぁ、そういう話は聞いたことあるよ。眉唾かもしれないけど」
『嘘である、と?』
「いや、世界各地で、前世の記憶を持った人っていうのは存在してて、実際それは嘘とは思えないほど正確に前世の話をするみたいだから……輪廻転生はないわけじゃないと思うよ。生まれ変わる全員が前世の記憶持ってはいないんだろうけど」
『なるほど』
「なんで急に輪廻の話?」
尚登は本を置き、
『うむ。我の世界では、今日から三日間、十年に一度の、魂が見える日でな』
「魂が見える……って、どういうこと?」
火の玉がぶんぶん飛び回っているところを想像し、思わず肩を竦めてしまう尚登。
『昔死んだ人間の魂を持つ者を探すことが出来る日、だ』
「え? 生まれ変わった特定の誰かを探せるってこと?」
『まぁ、そういうことだな』
それは、へぇぇ、と思う話である。あるが、だからといって誰かを探したいかと言われても誰も思い浮かばない尚登である。
「それって、誰を探すわけ?」
鈍い尚登の質問を、ヴァルガが鼻で笑う。
『フンッ。ナオトには想像力というものが欠けているようだな』
「はっ? どういう意味だよっ」
『幼い頃に死に別れた兄弟。若くして亡くなってしまった亭主。尊敬していた師……皆、この三日間は必死になって探していたぞ?』
「……おお、なるほど」
妙に納得。
だが、生まれ変わったからと言って、それがなんだというのか? 自分の知る昔の誰か、と、生まれ変わった新しい誰か、は、ハッキリ言って別人だろう、と尚登は思ってしまう。
「で、探してどうするの?」
『……お前とは、情緒の話は出来ぬようだな』
ヴァルガはそう言って、黙ってしまった。
怒ったわけではない。多分、呆れたのだ。
そういえば、と思い出す。
薬を飲まされた安城にキスされたことを、ヴァルガに『なぜキスされたかわかるか?』と聞かれたのだ。
そんなの、尚登にわかるわけがない。大麻には快楽を刺激する作用もあるわけで、何かそういうスイッチが入ったせいだろう、と返した。その時のヴァルガは、思いっきり顔をしかめて、まるで尚登を虫けらか何かを見るときのような眼で見ていた……ように感じたのだ。腕なのに。
「情緒……?」
口にしてみたものの、ピンとこない尚登である。
*****
「あ、おはようございます」
廊下で見かけたその姿に、安堵する。
「おはよう」
「もう大丈夫なんですか? 安城さん」
施設から救出された安城は、胃の洗浄を行いそのまま入院となっていた。初動が早かったため大きな問題はなかったが、使われていた自白剤がとても強いものだったため、慎重を期したのだ。なにしろ都市警察は非公開案件が多い。何らかの形で情報が外に漏れるようなことがあっては困るのだ。
「まったく問題ないわ。まさか三日間も監禁されるなんて思わなかったわよ」
大きく伸びをし、言った。
「何事もなくてよかったですよ」
あの日のことを、安城は覚えていない。ヴァルガが記憶を消す、と言っていたのは本当だった。目覚めた安城は薬を飲んだ後からのことを何も覚えていない。それだけじゃない。あの場にいた信者や祖師も、薬を飲ませたところで踏み込まれた、と証言している。つまり、なにも見ていなかった、ということだ。
「今度はどんな事件?」
並んで歩きながら安城が訊ねる。
「駿河さんの話によると、総合病院に関係した話だとかなんとか……」
「病院? 珍しいわね」
確かに、大企業のマネーロンダリングを調べる、のような話は今までにもあったが、病院に足を向けるようなことは、なかったかもしれない。
会議室にはすでに駿河が待機していた。
「おはようございます」
「おお、安城君おかえり。問題は?」
「なにも」
「それならよかった」
「体が鈍ってますよ。早く仕事させてください」
安城っぽいな、と尚登がクスリと笑う。
「まあ、慌てるな。今回はこの、病院なんだがな……」
テーブルに資料を並べる。至って普通の総合病院に見えるのだが、一体何があるというのか。
「半年ほど前、輪廻病棟、という新しい棟が建ったんだ」
「輪廻病棟?」
「なんですか、それ?」
尚登も安城も、初めて耳にする言葉だった。
「国が実験的に行っている少子高齢化解消の一環でだな、少し変わったことをしている病棟だ」
「なにを?」
「なにもしないのさ」
しれっと言い放つ駿河の言葉に、二人は首を傾げる。
「は?」
「ますます意味が分からないわ」
「まぁ、一番近いのは『緩和ケア』ってやつだろう。治療は一切しないで、患者たちはここで天寿を全うする」
ありふれた話ではないか、と尚登は思う。
「輪廻、っていうのは?」
安城が突っ込むと、
「そこが新しい試みだな。ここでは、先の長くない患者たちの心のケアとして、輪廻転生の話を持ち掛けるんだ」
「持ち掛ける……って?」
「つまり、生まれ変わったらどんな人生を歩みたいか、今いる関係者との関係は存続したいか、そんな話をするらしい」
「……何のために?」
「生まれ変われると信じさせるため。そして、『来世に望むことは何か』のデータを取るため……らしいが、本当のところなにがしたいのか、俺にはわからん」
頬杖を突き、駿河が吐き捨てるように言った。確かに、話を聞いても、何がしたいのかまったくわからない。
「来世に望むことって、なにかしらね?」
安城が顎に指をあてる。
「裕福な家庭に天才的な頭脳と整った顔立ちで生まれ、一生何の苦労もなく楽しく生きる、とかですかね?」
尚登がそう口にすると、駿河と安城が半眼で尚登を見ていた。
「え? 違います?」
「いや、違わないかもしれんが、遠鳴には情緒がなさすぎるな」
「まったく」
また、情緒だ。
さすがの尚登も、数日の間に二度も情緒が足りないと言われ、少しばかり凹んだのである。
しかし……
ヴァルガが話していた『輪廻した魂が見える日』の話と、今回の『輪廻病棟』の話。偶然にしてはあまりにも出来すぎているようなタイミングだった。
「で、その病棟で、何が?」
安城が訊ねると、駿河班長が姿勢を正す。
「幽霊騒ぎがあるようだ」
「……」
「……」
思わず、黙る。
怪異班、というのは通称だ。正しくは特殊犯罪捜査課であり、超常現象を調べる部署ではない。というか、そんな部署は、ない。
「そんな顔をするな。とにかく国が勧めている事業なんだ。そこで何かが起きている。うちにお鉢が回ってきた。断れないだろ?」
「ですが、」
「二~三日泊まり込んで真相解明してきてくれ。何もないならそう、上に報告するまでだ。じゃ、頼んだぞ」
そう言って、席を立った。
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