5-6
「なんだ、ここ……」
トンネルを抜けると、そこは山に囲まれた平地が広がっている。大きな建物も見え、人の姿も確認できる。皆、一様に生成りのゾロっとした服を着ており、まるで異世界に迷い込んだかのような錯覚を起こす。
「こちらへ」
促され、向かったのは白亜の建物。こんな山の中に、どうやって建てたのかと目を疑う。
建物は他にもいくつかあった。
そして目に付くのは、植物だ。あちこちに果実を実らせた木や畑のような場所があり、少し離れた場所にはビニールハウスも見える。確かに、この光景だけを見れば、楽園のイメージにほど近いかもしれない。
連れて行かれた建物は、居住スペースのようだった。尚登と安城は別々に部屋に通され、着替えをするよう言われる。それぞれに二人のお付きが同行した。
「さ、こちらを」
服を手渡され、受け取る。二人のうち一人は、行方不明者リストに名前があった人物に間違いなかった。先に案内してきた男同様、仮面のような貼り付けた笑顔である。
「あの、ここは長いんですか?」
質問を投げかけると、
「ここでは時間という概念がありません。我々は、永遠の中にいるのですよ」
と返された。
尚登は、一瞬眉をひそめるも、言われた通り、着替えを済ませる。腕輪については何も言われなかった。
『ナオト、我はリディへの魔素の転送で力を使いすぎた。しかもここには負のオーラが存在せず、補充も叶わぬ。自力で切り抜けろ』
ヴァルガにそう告げられた。
それが当たり前であるはずなのに、何故か不安が心を支配する。
部屋を出ると、安城もまた、着替えを済ませ、二人の女性に挟まれる形で部屋から出てきた。合流し、今度は別の場所へ。
「こちらで始祖様がお待ちです」
そう言って扉を開ける。
「始祖……?」
安城が尚登を見る。やはり新興宗教の施設で間違いないようだ。行方不明者たちはあのサイトを通じ……もしくは口コミなのだろうか? 勧誘? なんにせよ、ここに集められているに違いなかった。
扉の中は暗い。
奥に細長いテーブルがあり、一番端に誰かが座っている。外はあんなに明るいのに、厚いカーテンで閉じられているためほとんど光が射さないのだ。テーブルの上に置かれた燭台の炎だけが、その周りをぼんやりと照らしていた。
「お掛けなさい」
張りのある声。顔はよく見えないが、声からすると、老人ではなさそうだった。
尚登と安城は、中にいた信者たちに促され、それぞれ、椅子に座った。
「ここまでの道のり、疲れたでしょう。どうぞ、お茶を飲みなさい」
祖師の声と同時に出されるお茶。その香りは、尚登がよく知るものだった。パッと安城を見る。同じことを感じたのか、安城もまた尚登を見ていた。
青臭くて、少し甘い香り……。
「お飲みなさい」
祖師、と呼ばれた人間が、立ち上がり、語気を荒げる。弾かれたように数人が尚登と安城を取り囲み、腕を押さえ付けた。
「ちょ、な、なにするのよっ!」
「やめろ! 放せ!」
抵抗するが、多勢に無勢だ。さすがの安城も、振り解けず抑え込まれている。尚登は屈強な三人の男に抑えられ、膝を突いた。そして口を塞がれる。
総勢五人掛かりで抑え込まれる安城に、一人がコップに入ったお茶を近付ける。
「やめなさい!」
顔を押さえ上を向かせると、コップのお茶を流し込む。
「げほっ、げほっ」
一度目は吐き出す。しかし、二度目は流し込まれた直後、口を閉じられ鼻を摘まれてしまう。ゴクリ、と喉が鳴った。
「やっと飲んだかね。世話の焼ける」
遠くで高みの見物を楽しんでいる祖師は、クツクツと楽しそうに笑った。
お茶を飲まされた安城は、ぐらりと揺れその場に膝を突いた。押さえつけていた五人も手を離す。ぺたりと床に座り込み、呆けたように宙を見る安城。
「むぅぅぅ! んんんっ!」
何とか声を出そうとするが、口を塞がれた尚登は何も出来なかった。
「さあ、お嬢さん。欲望のままに生きようじゃないか。今、気になっていることは何だね? 何を欲しているのか言って見なさい。願いは叶うよ。そしてここで、私と共に生きよう」
両手を広げ、悪の大権化のように声を張る。
「ね……がい」
宙を見ている安城の目がトロンとしている。非常にまずい。あのお茶は大麻茶だ。安城の様子からして、自白剤のようなものも入っているかもしれない。大麻茶だけでは即効性に欠ける。
「私の……願い、は」
ふらりと上半身を揺らす。そして尚登の姿を確認し、にっこりと笑う。
「私、の……願い、」
床を這うように尚登に近付くと、抑え込まれている尚登の体にすがりつく。祖師が頷くのを合図に、尚登の口が自由になる。
「安城さん! しっかりしてください、あん、」
口を塞がれる。
安城の唇で、だ。
「んっ、あんじょ、わっ、んっ、ちょ、」
情熱的な、激しいキスをされ焦る尚登。しかし両腕を固定されているため、ほとんどなされるがままだ。
「はっはっは、これはいい!」
祖師が手を叩いて喜ぶ。そんなことはお構いなしに、安城は呼吸を荒くし、舌を絡めてきた。
「遠鳴君」
耳元で囁き、耳を食む。
「そうか、お嬢さんはその男をご所望か。では彼にもお茶を。いいものが見られそうだ」
舌なめずりをし、祖師が言う。
絶体絶命というやつだ。こんな時に限ってヴァルガは力を使えないという。一体どうすればいいのか考えあぐねていると、髪を掴まれ上を向かされる。信者の一人がコップのお茶を尚登の口に注ぎ込もうとした瞬間、パリン! とコップが割れる。
「なんだ? 何故割れた?」
祖師が驚いて立ち上がる。と、バン、と扉が開き、慌てた様子で男が転がり込んでくる。
「祖師様、大変です! 外にっ」
その慌てようから察したのか、祖師は分厚いカーテンを開け、外を見た。武装した黒い集団が建物を取り囲んでいるのが見えた。あちこちで信者たちが拘束されているのが見える。
「ど、どうなっているんだっ」
そう叫び、わなわなと震え出す。
バタバタと施設内にも足音が響く。そして現れたのは、
「安城、遠鳴、無事かっ?」
「班長!」
尚登が安堵の声を上げる。と同時に、尚登にすがりついていた安城がぱたりとその場に倒れた。
「安城さんっ?」
『案ずるな。我が眠らせた。薬を飲まされてからの記憶も消してある』
(ヴァルガ、もう力が、)
『リディが近くまで来ているようだ。我が送った力を返してもらった』
(……よかった、)
「遠鳴、安城は大丈夫なのかっ?」
倒れた安城を見、駿河が声を荒げる。
「大麻茶を飲まされました。多分、自白剤も入ってるかと。急ぎ、洗浄お願いします!」
「わかった!」
安城が運ばれていく。これでもう安心だ。
新興宗教とは名ばかりで、施設では大麻を栽培していた。もちろん、違法だ。楽園を謳い、人を集め、薬漬けにした上で大麻を作らせていたのだ。もちろん、無許可で。
祖師はその場で逮捕。関係する幹部たちも全員が逮捕された。信者たちは病院へ。
コクーンゲイトは、近いうちに閉じられるのだろう。
『永遠の安らぎと裏切りのない世界』
など、地上には存在しないのだ……。
第五章 完
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