5-5

 地図によると、蚕谷村さんこくむらを奥の方まで進み、車を降りて更に山の方へと向かうようだ。山奥の集落だけあって、とにかく広い。村の端に向かうまで三十分近くかかってしまった。そして目的地に車を停める。ここからは、歩きだ。


「荷物は念のため持っていきましょう。携帯電話は隠します。警察手帳も駄目です」

「はいはい」

 尚登に言われるがまま、手帳と携帯を渡す安城。受け取った尚登は自分の手帳と携帯も一緒に近くの木の枝に括りつけた。


「それ、隠したことになる?」

「木の葉が隠してくれますよ。それに、こんなところに括ってあるなんて思わないでしょ、普通」

「……それもそうか」

 あっけなく納得してくれる安城に、尚登はホッとし、肩を撫で下ろす。


「さ、行きましょうか」

 尚登は地図を広げ、山道を見つめた。


*****


「これって……?」


 駿河佑介は尚登からのメールを読んだ。

 読んだが、意味が分からない。


「なんで俺に? てか、どういう意味だ?」

 三回読んだ。

 しかし、やはり意味が分からない。


『佑介へ

 今まで世話になった

 マジで、感謝だ

 実は満たされたいと思う

 眠りにつくその時がいつ

 意味のないカラスの

 遠い世界は果実の実

 キララに』


 キララ、は佑介の父である駿河の正しい読み方。ということは、これは何かの暗号なのかもしれないと、そこまではわかる。


「縦読み? ゆ、い、ま、じ、ね、い、と、き……はぁ?」

 全然わからない。


「なにぶつぶつ言ってんの~?」

 佑介の部屋で寝転がってテレビを見ていたリディが声を掛ける。

「うん、遠鳴さんから変なメールが来たんだけど、ちょっと意味わかんなくて」

「え? 尚登からっ? なになにっ?」

 興味津々で画面を覗き込むリディ。こんな風に、尚登の話になると前のめりになるのが、佑介は気に入らない。


「は? なにこれ?」

 一通り読み、リディがイラついた声を上げる。前半はいいとして、後半は全く意味が分からない。


「キララ、は俺の父さんの本名なんだけどさ、」

「は? 駿河さんて、きららって言うのっ? あはは、ウケる~!」

 キャラキャラと笑うリディ。

 あんなお堅い職についてて、名前がキララ。笑われても仕方あるまい。


「で、意味は?」

 ひとしきり笑い終わると、再度訊ねる。


「う、ん。よく、簡単な暗号だと縦読みとかするんだけど、これだと『ゆいまじねいとき』になっちゃうんだ。意味わかんないよね?」

「ゆいまじねいとき……」

 なにか、引っ掛かりを感じ、リディが口にする。

「ちなみに、語尾だと……、へただうつのみに、だな」

 近くにあった紙に文字を書き出す。

「悪戯なのかなぁ?」

 首を傾げる佑介の横で、リディはぶつぶつ言葉を繰り返す。


「ゆいまじねいと……き。へただ、うつのみ……に」


 ドクンッ


 リディの心臓が跳ねる。全身に、力が入り込んでくる。

 これは……、


「佑介、またね!」

 血相を変え、部屋を飛び出す。玄関を出ると、そのまま隣の部屋へ。駿河名義で借りてもらった、リディの部屋である。


「ヴァルガ様っ!」

 胸の前で腕を組む。

 一度目を閉じ、ゆっくりと呼吸をし、目を開けた。


 あのメールは、こうだ。

『佑介へ イマジネイトただ撃つのみ キララに』


 イマジネイトは遠見の魔法だ。サーチは『現在』しか見えないのに対し、イマジネイトは過去の動きまで見られる。そして、リディがこのことを理解した瞬間、魔素が入り込んできた。こんな手の込んだことをするとは、

「さすがヴァルガ様。痺れちゃうわっ」

 背中を撫でられているかのような、ぞくぞくとした感覚に捕らわれる。


「イマジネイト!」

 そう、口にすると、山が見えた。それから、道。山道を尚登と安城を乗せた車が走っていく。突き当りで車を停め、携帯と警察手帳を木の枝に括りつけている。そして二人は、山へ入っていった。


 ただ、それだけの映像。


 しかし、メールの最後には『キララに』とある。キララにこのことを伝えろ、という意味だろう。


 リディは部屋を飛び出すと、バン、と佑介の部屋のドアを開ける。

「え? リディ?!」

 驚く佑介に、リディは言った。

「今すぐキララに連絡取って!」


*****


 尚登と安城は、山道を進んでいた。

 獣道のように、人間が歩いて出来たと思われる細い道を進んでいく。


「こんな山奥に、何があるのよ?」

 安城が溜息交じりに呟く。


 確かに、見渡す限り、山だ。獣道はまだ続いている。危険を感じるほどではないが、ハイキングコースというほど楽でもない。


「ね、遠鳴くん、あれ見て!」

 前を歩いていた安城が先を指す。

「はい?」

 ひょい、と安城の向こう側を覗き込むと、

「え? なんですか、あれ?」


 道の終わりに現れたのはトンネルの入り口。その周りを、植物が覆っていた。それはまるで……、


「コクーン……ゲイト、ね」


 確かに繭のように見えなくもない。もっさりとした蔦が洞窟の入り口を塞ぎそうな勢いで取り囲んでいるのだ。


「この向こうに、ってことですか」

 とてつもなく嫌な予感がした。

 その証拠に、尚登の右腕が仄かに熱を帯びているのだ。

「どうします? 様子を見た方がよくないですかね?」

 この先に何があるかもわからないのに、二人だけで突っ込んでいってもいいかどうかの判断が付かない。応援を待ってからの方が、


「お待ちしておりました」


 急に現れた第三者に、尚登と安城が一瞬身構える。まるで蔓の中から現れたかのようなその男は、ゾロっとした生成りの服を着ていた。眼鏡をかけ、にこやかに微笑んでいる。年齢的には四十代くらいだろうか?


「あの、」

 おずおずと安城が声を掛けると、男はそれを手で制し、

「心配はありませんよ。さぁ、ゲイトを潜り、新しい世界へ参りましょう」

 怪しいに怪しいを足した様な胡散臭さだ。しかし、ここで拒んでしまえば、中に何があるのかはわからなくなってしまうだろう。安城は尚登の手を取り、言った。

「私たち、少し緊張してて」

「ええ、わかりますよ。ここに来る皆さんは、初めは皆、同じように緊張してますからね。でも大丈夫です。ここから先は、あなた方二人にとって安住の地であると、お約束します」


 胡散臭さに胡散臭さを掛けたような物言いで、男は笑った。いや、笑った顔の仮面をつけているかのようだった。


「さ、こちらです」

 有無を言わさず、トンネルの中へと誘う。安城は尚登を見、小さく頷いた。尚登は小さく息を吐き出すと、歩き始める。


 トンネルは数百メートルあるだろうか。

 遠くに、明るい光が見えた……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る