8-4
「じゃ、通報はついさっきってことですか?」
尚登が車内で安城に訊ねる。
「ええ、そうよ。警察への通報で爆弾騒ぎがあるって一報が入ったんだけど、怪異班としては畑違いだから動きようがないのよ。でも、」
場所が、場所なのだ。
「リディに電話してますけど通じないんです。佑介君にも。大学に問い合わせたら今日は休講だっていうし、これ、一緒にいる可能性ありますよね……」
「ええ。私も班長もそう思ってる。少なくとも彼女は中にいるわね。通報者の多くがそう言っていたみたいだし」
繁華街にあるメイドカフェでの事件。
この辺りにメイドカフェはそこしかないのだ。間違いないだろう。
「犯人は?」
「話によると、西野さん、って言われてたみたい。マリア、って子のファンみたいなんだけど、心中目的だって話も出てる。詳しくはまだわからないけど……」
尚登は口元に手をやり、考える。
ヴァルガを呼んで助けてもらえば、という思いが一瞬過るが、慌てて打ち消す。まだ詳細も不明なのだ。それに、事件の度にヴァルガを頼るわけにはいかないだろう。なんとしても自分で事件を解決して、リディを助けなければならない。
「中の様子は?」
「まったくわからないみたい。警察の方では念のため爆弾処理班を向かわせているみたいなんだけど、下手に刺激しておかしなことになっても困るから、一緒にネゴシエーターも派遣してるって」
「……交渉なんかできるのか?」
もし痴情のもつれだったとしたら、外部への要求などない。交渉人が来ても、無意味だ。
「すごい人だかりね」
車を手前で停める。メイドカフェが入っているビルの周りには人だかりが出来ており、警官の姿も多い。規制線を張ってはいるのだろうが、いかんせん繁華街のど真ん中だ。
車を降り、現場へ向かう。警官に手帳を見せ、奥へ。機動隊の指揮を執っている人物の前に行くと、じろりと睨まれる。
「なんだ、部外者は出て行ってくれないか」
手帳を見た後で、この態度である。
「部外者なのはわかってます。でも中に知り合いがいるんですっ」
尚登が掛け合うも、フン、と鼻であしらわれる。
「犯人は大分興奮しているようだ。いつどうなるかもわからん。ここにいられても困るんだが?」
彼の言うことは尤もだ。餅は餅屋。彼らの邪魔になるようなことになっては大問題になる。だが、だからといって大人しく引き下がるわけにもいかない。
「邪魔になるようなことは一切しません。お願いしますっ、ここにいさせてください!」
尚登が深々と頭を下げる。安城も一緒に、頭を下げた。
「お願いします!」
怪異班、と言えば都市警察内でもトップの部署である。そこの捜査員からこんな風に頭を下げられ、機動隊の隊長である加藤が面食らう。
「おい、やめてくれよっ、」
とりあえず話だけは教えてやる、という加藤の申し出で、近くに停めてあった機動隊のバンに連れて行かれる。中にいたのは、カフェのマスターだった。
「じゃあ、やっぱり佑介君も中にいるのね」
安城が眉間に皺を寄せて頭を抱えた。これが駿河の耳にでも入ったら、また何をしでかすかわからない。なにしろ前回は勝手にヘリを飛ばしているのである。
「リンリンは……あ、リディは西野さんを説得しようとしているようでした」
マスターがそう語る。
「そもそも西野って男とマリアの関係は?」
加藤が訊ねると、
「詳しくはわかりませんが、西野さんはマリアのファンでした。この前なにかで揉めたような話をしてはいましたが、まさかこんなことを……」
「爆弾っていうのは本当なんですか? ただの脅しってことは?」
加藤が訊ねると、
「あれが本物か偽物かの判断は私には出来ませんが、西野さんは大学院を出て薬品会社に就職したと聞いてますので、安易に偽物だと決めつけられるものでもないかと……」
薬品会社ということは、爆弾を作る材料を手に入れることも可能だったかもしれないということだ。いや、それどころか、ネットを探せば簡単な爆弾を作ることなど誰にでもできる世の中である。
「残されたのは四人……か。中に監視カメラは?」
「出入り口にひとつありますが、中の様子は映らないかと……」
そうなると、中で何が行われているかは知る由もないということになる。
「リディ……」
無茶をしなければいいのだが、と願わずにはいられない尚登なのであった。
*****
「じゃ、付き合ってるってこと?」
リディがマリアに聞き返す。
「……うん、まぁ」
爆弾というセンセーショナルな現実は置き去りに、まるで女子会でも開いているかのような口調で、リディ。
「で、なんで喧嘩になったわけ?」
立ったままの西野の方を見上げ、訊ねる。
「それは……俺がプロポーズしたから」
照れくさそうに呟く爆弾を抱えた男。
「は? めでたい話じゃん」
リディが首を傾げる。
「マリアにその気がないってこと?」
と訊ねると、マリアが目を逸らし、
「それは……、」
と言葉を濁す。
「マリアは、既婚者なんだ」
マリアの代わりに西野が言った。
「え?」
「はぁぁぁぁ?」
佑介とリディが驚く。
「うっそでしょ? だってマリア、私より年下じゃなかったっ?」
「十九だけど」
「ちょ、あんた、既婚者って、マジでっ?」
口をパクパクさせながら言う。
「……まぁ、まだ離婚してないから」
「……えええ、」
完全に『既婚』という言葉にのされてしまったリディである。
「えっと、じゃあマリアさんはその、不倫してた、ってことなんですか?」
佑介が冷静に突っ込みを入れる。マリアは小さく息を吐くと、
「そういうことに……なるわね」
と言った。
「違うだろ! マリアは被害者だっ。あいつに酷い目に遭わされて、逃げてるんだからっ」
西野が叫んだ。
「酷い目に、って……まさかっ」
リディが前のめりになる。
「ああ、マリアはDVを受けてる。だから家を飛び出して、一人暮らししながらここで働いて……あいつが離婚に応じないから、いつまでも前に進めなくてっ」
悔しそうに拳を握りしめる西野。
「でも、だったらなおのこと、心中なんて意味がないじゃないですか! ちゃんと生きて、二人で幸せになる道を探しましょうよ!」
佑介がダン、とたたらを踏み、拳を突き上げた。リディもそれに追随し、
「そうよっ、なんとしても二人には幸せになってもらわなきゃいけないじゃないっ。マリア、私が付いてるから安心してよ!」
と、大袈裟に胸を叩いてみせる。
が、
「でもさ、これどうすんの? 外、大騒ぎになってると思うんだけど……。そもそも西野さんのそれ、本物なんですか?」
佑介が恐る恐る指をさした先にあるもの。それは、
「あ、ごめん、本物に似せてはいるけど、煙が出る程度の……偽物」
西野がサクッと真実を述べ、今更ながらに安堵する三人なのであった。
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