8-3

 即席の小さな舞台には、リディとマリア。お客はまばらで、しかし二人を推しているサラリーマンや学生が、時間を割いて駆けつけている。佑介もその一人だ。


 一曲歌い終わったところで、店に一人の客が現れる。マスターは、馴染みのその顔を見て、すぐに、

「ああ、いらっしゃい西野さん」

 と声を掛けた。


 マリアのファンで、店に通ってくれている男だ。確か大学院を出て薬品会社に勤めているとマリアが言っていた気がする。


「ちょうどこれから二曲目ですよ」

 そう言って席に案内する。

「コーヒーを」

「承知しました。ごゆっくり」

 一礼し、カウンターへと戻る。


「それでは二曲目、いっきまーす!」

 リディが元気よくそう言うと、ギャラリーが拍手と歓声で迎える。二曲目の前奏が流れた。巷で人気のアイドルグループの歌だ。

「それでは次の曲! 頑張ってダンスも練習してきたぞっ。曲は『シンクロ』だぁ!」

 リディが叫ぶ。ひときわ大きな歓声の中、二人がダンスをしながら、歌う。


 そんな様子を、少し遠いところから眺めている西野。曲の終盤、不意に立ち上がり舞台の方へと歩く。舞台前の観客たちをかき分けると、ブーイングが起こる。


「なっ、おい! 割り込むなよ!」

 腕を掴まれた西野がムッとする。

「どけっ」

「ふざけんなっ、」

 客の一人が西野に掴み掛かる。

「やだ、なにっ?」

 舞台の二人が騒ぎに気付く。マスターも慌てて止めに入った。

「お客様、落ち着いてください!」


 マスターに抑えられ、西野がじっとマリアを見た。マリアもまた、西野を見つめる。


「マリア、俺は本気だ。今日こそ返事を聞かせてくれ!」

 必死の形相だ。

 それに対し、マリアもまた思い詰めたような顔で、

「だから、言ったじゃない! 無理なものは無理よっ。私はっ、」

 俯き、口を閉ざす。


「……どうしてもダメだって言うなら、もう俺はこうするしかないよ」

 来ていたジャケットの内側を見せる。その場にいた全員が息を呑んだ。

 爆薬……に、見える筒状のものが体に巻かれているのだ。


「うわぁぁぁ!」

「ぎゃー!」


 客の何人かが声を出したのをきっかけに、店が大騒ぎになる。


「騒ぐな!」

 西野が叫ぶと、全員の動きが止まった。

「おかしなことをしたら爆発させるぞ!」

「西野さん!」

 駆け寄ろうとするマリアに、西野がストップをかける。

 目が、血走っている。本気なのだ。


「ねぇ、マリアどういうことなのよ?」

 リディが小さな声でマリアに問う。

「喋るな!」

 西野は相当興奮しているようだ。これでは話も出来ない。


「マリア以外の人間は出ていけ! 早く!」

 西野の声で、客たちが蜘蛛の子を散らすようにわらわらと店の外に逃げていく。


「マスター、これって、」

 佑介がマスターに話しかける。

「どうすりゃいいんだ……、」

 マスターも顔面蒼白である。


「マリア、君と一緒になれないなら俺は生きている意味なんてない。一緒に死んでくれ」

 そう言って、一歩、踏み出す。

「西野さんっ。なんでこんなバカなことを!」

「馬鹿なこと? いや、俺は今、最高の気分だ。マリアと一緒に死ねるなら、本望だ!」

「どうして!」

 マリアが強い声色で叫ぶ。

「あなたには幸せになってほしい! 私なんかに構わず、あなたの人生を生きて欲しい……。だからお別れしようって言ったのに、こんな、」


 両想いである、ということだ。それなのにどうして別れ話に? そもそも、心中などという発想がよくわからない佑介である。


「ねぇ、話をしましょう。関係ない人は外に出て。お願い」

 マリアの懇願に、西野が残っている面々に視線を投げる。

「……そうだな。マリア以外の人間はここから出ろ!」

「リディ、あなたも早く、」

 マリアがリディを促すが、

「行かないわよ!」

 マリアの言葉を遮って、リディ。

「リディ!」

「マリアだけを残して行けるわけないでしょうがっ。……ねぇ、西野さん。私、あなたとマリアの願いが叶うようにお手伝いするわ。だから、二人ともちゃんとわけを話してくれないかな?」

 無茶苦茶なことを言い出すリディを、佑介が心配そうに見つめる。


「マスターとゆうは外に出てよ」

 二人を見る。が、

「俺も行かない!」

 今度は佑介がそう言い出す。

「リディが行かないなら俺も行かない!」

 佑介がそう言い、床にドカッと座り込んだ。

「あのなぁっ、俺はマリアと話がしたいんだっ!」

 西野がイライラしたように頭を掻く。

「だって!」

 リディが口を出す。


「西野さんはマリアさんが好きってことでしょ? マリアも……そうなんでしょ? だけどなんだかうまくいってないから心中しようって思ったってことでしょ? でもさっ、死んじゃったらそこで終わりじゃんっ。生きて幸せになること考える方が正しいじゃんっ」


 ヴァルガと尚登から『どの口が言うか!』と突っ込みを食らいそうなことを言ってのける。西野が拳を握り締め、俯いた。


「そうだよっ、うまくいかない恋の話なら俺だって語れるぞ! なにしろ一方通行の男だからな! どうすれば幸せになれるのか、俺だって一緒に考えることが出来る!」


 負けじと佑介も口を出す。目下報われない片思い継続中の彼にとって、これは他人事ではないような気がしてきたのである。

 それに、危険な爆弾犯のいるところにリディだけを置いていくなど、出来るはずがなかった。命に代えても守る! という強い心で床に座り込んだのだ。


「……私は、」

 マスターが困ったように呟いた。

「マスターは出て!」

 リディがピッと出口を指し、言った。

「私はこの店のマスターだ!」

 半ばやけくそでそう言ったものの、

「オーナーじゃないから、却下ね」

 なぜか場を仕切るリディ。


「ああ煩い! マリアだけがいれば俺はっ」

「二人で話してうまくいかなかったからこの状況になったんでしょ? だったら第三者がいた方が、客観的な意見とか聞けていいと思うんだけど?」

 譲らないリディ。


 西野は大きく溜息を吐くと、

「……マスターは外へ」

 と呟いた。

 リディがマスターを見て、頷く。佑介も、

「そうしてください」

 と、促した。


「ああ、みんなっ」

「早く出ろ!」

「ひぃぃ!」

 西野に怒鳴られ、マスターが慌てて外へと出て行く。これで、店には四人だけが残されたのである。


「さ、じゃあ、まずはどういう経緯でこうなったのか、詳しく聞かせてもらいましょうか」


 リディがそう言って、テーブルに着いた。


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