7-5
ショッピングモール中央にある小さな舞台。ここでヒーローショーをするらしい。まだ一時間前だというのに、最前列はすでに人で埋まっていて驚く。
「こんなに人気なのか!」
「ほんと、ビックリね」
尚登と安城が驚く中、キャロルだけは、
「あら、今をトキメク平安戦隊オカメンジャーのショーだもの、当然じゃない?」
しれっとそう言ってのける。
「オカメ……?」
「悪の大権化、ヒョットコーンと戦うの! すごくかっこいいんだから!」
「詳しいな」
「
ああ、もうこうなると止まらない。どうして女という生き物は喋り出すと止まらないのか。尚登は少しばかり苦笑いを浮かべてしまうが、安城は楽しそうである。
「あん……じゃない。ミサトってこういうの好きなんだっけ?」
訪ねると、安城は顔をぱっと輝かせ、
「私、戦隊シリーズ大好きだったのっ! 勧善懲悪! 激しいアクション! 友情と裏切り……ああ、懐かしい!」
キャロルと同じノリである。
「そうなんだ。あ、先に俺、席取っておくからさ、今のうちにトイレ行って来たら?」
ショーが始まってからでは動けないだろう。
「そうね、行きましょうか」
安城が手を出すと、キャロルがその手を取り、
「行こう、ママ!」
と微笑む。安城の胸が、キュン、と鳴った。
*****
トイレですれ違ったその少女を見た時、マリーは知らず、口元を歪ませていた。心の中で『勝った』と思った。男たちにはわかるまい。女は化粧で化ける、ということ。そしてそれは、
耳を澄ませ、話を盗み聞く。どうやらこの後行われるヒーローショーを見に行くようだ。一緒にいる女は、母親役の警官か。それっぽく演じているつもりなのだろうが、親子であるかどうかは見ていればわかるものだ。よそよそしさや遠慮。微妙な距離感というものは隠せるものではない。しかもこの女、未婚で子なしだろう。主導権を娘役であるキャロラインに握られているのが丸見えだった。
「チョロいわね」
くふふ、と笑うと、するりと人の波を抜け、イベント会場へと向かうのだった。
そしてそんなマリーを少し離れたところから双眼鏡で見ていた別の人物。スーツを着たその姿は、一般人に溶け込んでいる。ただ、眼光だけは冷たく、鋭い。彼もまた、マリーと同じ目的でここに来ている。というか、空港にいたほとんどの面子がこのショッピングモールに集まっていると思って間違いないだろう。
娘の警護を都市警察が行う、というところまでは簡単に情報が取れた。だが、そこから先が全く見えず、丸一日情報集めに費やしてしまったのだ。
全ては情報合戦である。
方法はまちまちだが、集められた面子のほとんどがこの道のプロだ。現時点でこの場にいないやつがいるとするなら、そいつはプロ失格という、ただそれだけのこと。
しかし、と男は思う。
幼くても女は女。マリーがあの少女に気付かなければ、自分一人では見逃していただろう。マリー自身、日本人に馴染むような髪色に染め、ラフな格好をしている。空港での姿とはまるで違う雰囲気なのだ。
ターゲットがあの少女であるということに、他の面子は気付いていないはずだ。これは好機である。
「獲物は最後に掻っ攫えばいい。まずはマリーの仕事を見守るとしますかね」
そう言ってマリーの後をそっと追いかけたのである。
*****
ショーが始まる。
なんとか前から二列目を確保した尚登は、司会のお姉さんの元気な挨拶を微笑ましく見つめていた。
すると、そこに現れるマントを付けた怪人たち。お姉さんが大袈裟に悲鳴などを上げる中、怪人が客席に目を向ける。
「ここに集まった良い子たちの中から何人かを、ヒョットコーンにしちゃうんだヒョ!」
なるほど、子供を攫って、それを助けにヒーローがやって来るという演出だろう。ふと横を見ると、キャロルが今にも立ち上がらん顔でヒョットコーンを見つめている。その隣にいる安城もだが。
「そこの男の子と、そこの子と、そっちのカッコいい男の子、それに、おさげの子、それと、そこのお嬢さん!」
ピッ、とさした指の先には、キャロル。
「やった!」
と立ち上がるキャロルと、それを引き止める尚登。
「え?」
驚くキャロルに、尚登が首を振る。
「おっと、お父さん、随分過保護だねぇ。大丈夫、ヒョットコーンはお嬢ちゃんを取って食べたりはしないから!」
そう、からかわれ、会場がドッと沸く。
「大丈夫よ、すぐにオカメンジャーが来るんだからっ。ねぇ、いいでしょ?」
ウルウルの目で見られ、思わず掴んだ手を離してしまう。
「さ、一度舞台の袖に行って、ヒョットコーンに改造するからね」
一度袖にはけ、一人ずつひょっとこの面を付けられ戻ってくる。
そうこうしていると、
「そうはさせないぞ、ヒョットコーン!」
と、高らかに声を上げ、オカメンジャーが登場した。顔に、カラフルなオカメの面をつけている戦隊である。
「……おかしい」
尚登が呟くと、安城も異変を察知したのか顔をこわばらせている。
キャロルが、戻ってこないのだ。
選ばれた子供は五名。だが、ひょっとこの面をつけて舞台に立っているのは、四名。
「特別な演出ってことも考えられるわよ?」
あとから特別な役で出てくる可能性。確かに、それもあり得る。下手に騒いで舞台を台無しにすれば、キャロルはがっかりするだろう。二人はもう少しだけ、事の成り行きを見守ることにした。
だが……、
「オカメンジャー、納豆ねばねば光線!」
「うわぁぁぁ!」
怪人はオカメンジャーの攻撃で一人ずつ倒され、その度にヒョットコーンにされた子供たちが順番に親元に返されている。
「やっぱり、変……」
「行きましょう安城さん!」
二人は邪魔にならないよう会場を抜け出し、舞台の裏へと回る。
「すみません! うちの娘はどこにっ?」
関係者に詰め寄るが、
「ええ? ちょっとよくわからないな。ショーの途中で袖にはけた女の子……ああ!」
ポン、と手を叩き、
「その子なら、トイレに行きたいって言い出したから、って、うちのスタッフが連れて行ったよ」
嘘だ。
トイレならここに来る前に済ませている。
では、誰が、何の目的で?
尚登はすぐに駿河に電話をする。ショッピングモール内にいる私服警官はどうしたのか。その間に安城は携帯で位置情報を確認する。キャロルはGPSを付けている。ウイッグの中に仕込んでいるのだ。まだ見つかってはいないはず。
「遠鳴君、行くわよ!」
安城の声をスタートの合図とし、走り出す。
「場所は?」
「地下駐車場!」
「あ、もしもし、班長っ。現状確認してくださいっ。キャロルが姿を消しました!」
それだけ告げると、携帯をポケットに入れる。地下駐車場ということは、車に乗せられてしまうとマズいことになる。
「
そう口にする安城の顔は、今まで見たこともないほどに、怒り狂っていたのである。
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