7-6

「ねぇ、こんなとこにオカメンジャーいないよねっ?」


 知らない女の人に手を引かれながら、さすがに身の危険を感じ始めたキャロルは、わざと大きな声でそう口にする。地下の駐車場には、運の悪いことに誰の姿もない。早くこの場から逃げなければ、ともがいてみるが、掴まれた腕が解けない。


「いいから黙って来なさいっ」


 態度も豹変している。あなただけは特別な役だからみんなとは違う出演をしてほしい、などと言われ、その気になってしまったことを今更ながら後悔する。


 女はどんどん駐車場の奥へと進んでいく。

 すると、柱の陰から一人の男が顔を出した。


「やぁ、マリー」

 一見すると、普通のサラリーマン風。だが、その目だけが爛々と光っているのがわかる。マリー、と呼ばれた女が立ち止まり、忌々し気にチッと舌打ちをする。

「悪いことは言わねぇ、その子を置いてここを立ち去れよ」

「は? 冗談でしょ。あんたこそ、コソコソと人の獲物横取りしようなんて、プライドってもんがないの? ジョニー」

「フッ、プライドじゃ旨いもんは食えないからなぁ」

 馬鹿にしたように笑うと、ポケットから小型の銃を出す。キャロルが息を呑んだ。

「こんなとこでっ」

 マリーが眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。騒ぎになれば、別のやつらも集まってきてしまうだろう。大体、お宝を抱えたままあの男ジョニーと対峙するのは難しい。

 ここは、一か八か……。


「お嬢ちゃん、走りな!」

 パッと手を離し、出口を指すと、言った。

「え?」

 一瞬驚いたキャロルだったが、ハッと顔を上げると、次の瞬間、脱兎のごとく走り出す。


「おい、なにしてっ、」

 ジョニーが慌ててキャロルを追う。その隙にマリーは車に走り、乗り込む。アクセルを目一杯踏みつけ、二人を追った。キキキ、という音を上げ、カーブを曲がる。振り向いたジョニーがフロントガラス目掛けて銃を放つ。サイレンサーのおかげかさほど大きな音はしなかったが、フロントガラスは粉々に砕けた。


 そんなやり取りは一切お構いなしに、キャロルは元来た道を走る。


 マリーの車がジョニーを捕らえた。このまま突っ込んでまずはジョニーを排除する! そう思ったマリーだが、ボシュッという音の後、肩に激痛が走る。

「くっ、」

 撃たれたのだ。

 そのままハンドル操作をミスり、停めてあったバンにぶつかった。


「手古摺らせやがって!」

 ジョニーが向き直り、キャロルの姿を探す。が、視界の範囲内には、いない。

「どこに隠れやがった!」

 コツコツと響く足音。


 車の陰に身を寄せたキャロルだが、見つかるのは時間の問題だと思われた。心の中で尚登とミサトを呼ぶ。助けに来て! と心から願った。しかし……、


「ここにいたか」

 にたぁ、と笑うジョニーの顔。

「ひっ」

 怯えるキャロルの手を、ジョニーが掴んだ。

「さぁ、行こうか」


*****


「なんですってっ?」


 駿河からの報告が入り、思わず尚登が聞き返す。私服警官の数人が怪我をして運ばれた、とのことだった。


「じゃ、キャロルを狙っているやつがこのモール内にっ?」

 しかも、状況からして、一人や二人ではなさそうなのだ。

「俺と安城さんはもうすぐ駐車場にっ、はい、わかりましたっ」

 通信を切り、安城に報告をする。

「車は一台も出さないよう手配済みですっ」


 地下駐車場への扉を開く。


「キャロル!」

 安城が飛び出す。

「安城さん、気を付けて!」

「遠鳴君はそっちから回って!」


 二手に分かれ、探す。


「キャロル!」

 名を呼び、走る。

 と、二つ目の通路奥に、異変。


「なん、だ……?」

 バンに突っ込んでフロントが凹んだ車。辺りには割れたガラスの欠片が飛散し、車内には肩から血を流した女が一人、気を失っている。まさかこんな場所で発砲するとは!


 急いで車の中を確かめるが、キャロルの姿はない。つまりこれは、


「キャロルを攫った女が、別の誰かに襲われた……?」

 尚登は辺りを確認する。痕跡を。なんでもいい、キャロルを攫った誰かを一刻も早く見つけなければ。焦りが、募る。


「ナオト~!」

 名を呼ばれ、振り向く。と……、


「キャロル!」


 安城に抱かれたキャロルが元気に手を振っているのが見えた。尚登は走り寄り、安城ごとキャロルを抱きしめる。安城の顔が赤くなったことにはまったく気付かない。


「よかった! 無事かっ? どこも怪我してないかっ?」

「うん、大丈夫! 正義の味方が来てくれたからね!」

「正義の……味方?」

 キャロルによると、絶体絶命と思われた時に颯爽と現れたのだそう。


「オカメシルバーだよ!」

「はぁ?」

 事態が把握できず、首を捻る。


「オカメンジャーにシルバーはいないんだけどね、でもその人、オカメンジャーの……銀色のお面付けてた! 新キャラなのかなぁ?」


 よくわからない話はそのままに、尚登は駿河にすべてを報告した。すぐに捜査員が集まるだろう。少なくとも車の中にいる女から、なにかしらの情報を引き出せるのではないだろうか。


「安城さん、他に怪しいやつは?」

「誰も。キャロルが見たっていう、オカメンジャーのお面を付けた人も見ていないの」

「そう……ですか」


 そうこうしているうち、パトカーのサイレンが近付いてきた。


*****


「じゃ、やっぱりあの女の他にも?」


 仮の自宅に戻ると、あとから来た駿河に報告を受ける。ショッピングモールの地下駐車場にいた女は、通称『マリー』と呼ばれる裏の人間だと判明した。そして各国から集められた刺客が数名、日本に潜伏していることも分かった。


 今回身柄を拘束できたのは、マリーと、彼女を撃った、通称ジョニーと呼ばれる男。ロープでグルグル巻きにされ、自分の車のトランクに入れられた状態で発見されたのだ。彼曰く、おかしな面を付けた男にやられた、と。


「キャロルが言ってた、オカメンジャー……ですか」

 話を聞き、尚登が言う。


 しかし、ヒーローショーの関係者に聞いても、そんなキャラは存在しない、と言われたのだ。そもそもテレビでやっているこの戦隊シリーズに、シルバーはいない、と。


「自分で作ったキャラクターってことなんですかねぇ?」


 今やコスプレは日本の文化と言ってもいいくらいだ。オリジナルキャラでヒーローショーを見るつもりだったコスプレイヤーかもしれない。というか、他にそんな恰好をする理由が思いつかなかった。


「なんにせよ、こちらの想定よりキャロライン嬢が危険であることがわかったわけだ。内部に密通している者がいないかも含め、捜査と警備を厳重にする必要がある。悪いがしばらくはこの家から出ないでくれ」

 駿河に言われ、尚登は黙って頷いた。


「あら、大丈夫よ!」

 話を聞いていたキャロルが突然会話に割り込んでくる。

「大丈夫って、なにが?」

 安城が訊ねると、

「昨日のオカメシルバーに、警護の依頼をしてあるの!」

 ニコニコしながらそう答える。

「は? 警護の依頼って……、」

 どこの誰とも知らない人間に依頼できるような話ではないのだ。


「みんな彼の凄さを知らないから疑う気持ちもわかるけど、ほんっとに強いんだから! みんなもきっと気に入ると思うのっ」

 キャロルはご機嫌である。

「でもね、キャロル、」

 尚登が言いかけたところで、玄関のチャイムが鳴る。


「あ、来た!」


 キャロルが玄関へと走る。慌ててその後を追う、尚登、安城、駿河。

 カチャ、とドアが開く。


 そこには、銀色のオカメの面をつけた男が立っていた。皆が驚きの表情で立ち尽くす中、その男が、ゆっくりと銀色の面を、外す。



 ――そこに立っていたのは、幼児の姿に化けた、ヴァルガだったのである。

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