7-7

「あれ? ばるが君じゃない!」


 わなわなしている尚登の横で、安城が名を呼ぶ。と、キャロルが

「ミサト、知ってるのっ?」

 と驚いた顔で安城を見上げる。

「ええ。遠鳴君の従兄弟の息子さん……よね?」

 と尚登を見る。

「遠鳴の親戚が、なんでここに? どういうことだ?」

 駿河が話に割り込む。


 尚登は、グルグルと巡る感情を処理しきれず、そのまま口にしてしまった。


「ヴァルガ……お前、お前……今まで一体どこにいたんだよっ!」

 急に怒り出した尚登に、他の三人がビクッと体を震わせる。

「……まぁ、そう怒るなナオト。我に会えず寂しかったのか?」

 にんまり笑うヴァルガに、尚登のイライラが募る。湧き上がるこの感情が何なのかよくわからなかった。今までこんな気持ちになったことはない。何事にも淡白で、執着せず、流されることが当たり前だった自分に、このひと月で溜まりに溜まったモヤッとした感情。


「はぁ? なにがっ。別に寂しくなんかないけどなっ、ある日突然姿を消してそれきりって話はないだろうっ? リディからどれだけ責められたと思ってるんだよっ。俺の元を去るにしろどこかに行くにしろ、一言あってもよかったんじゃないかって言ってんだよっ」

「確かに、そうだな」

 悪びれもせず、ヴァルガ。


「我も少し焦っていたのだ。しかし、収穫は大きいぞ、ナオト」

「は? なんだよ収獲って!」

「我は完全に力を取り戻した」

「……はぁ?」


 自慢げに手を広げ、ヴァルガ。


「ナオト、世界は広かったぞ。海を越えた世界は、この国以上に負のオーラに満ちていた。我はそこで力を蓄えながら、各地に根を張りめぐらせ、いつでも負のオーラを吸収できるシステムを構築してきたのだ!」

 楽しげに語るヴァルガ。だが、尚登はスッキリしない。どうして、何故、という思いばかりが溢れてくるのだ。

「なんで急にそんな」


 帰りたくなったのだろうか。


 もう、向こうの世界へ戻ろうと思ったから急に本気を出したのかもしれない。そうだ。そもそも自分の世界に戻るために尚登と契約を結んだのだから、力を集める方法さえわかれば、その時点で尚登に用はない。


 だが、


「……無力であることは非なのだよ」

 少し俯き、泣き笑いのような表情で、ヴァルガが言った。


「我はあの時、ハナを救うことが出来なかった。コーディの魂を持つ彼女の命を……救えなかったのだ」

「あ……、」


 ヴァルガが姿を消すキッカケは、三井ハナの存在。ヴァルガが愛したコーディの魂。とても大切な人だ、と言っていた。


「我は思った。自分が無力なせいで、もしナオトの命を救えないような事態に陥ったら……それは筆舌に尽くし難い」

「ヴァルガ……、じゃあ、俺のために?」

 ぐっとくる台詞を言われその気になった尚登を、ヴァルガが速攻否定する。


「厚かましいぞ、ナオト」

「はっ?」


望んだのだ。無力であることを非としたのだ。誰のためでもない。……とはいえ、ナオトの存在は大きいがな」

 パチ、と片目を瞑って見せる。

「……なんだよそれ。どこで覚えてきたんだそんなっ」

 急に恥ずかしくなって視線を外す。


「って、おい! ここでこんなことペラペラ喋ったらっ!」

 今更ながら、皆の前でヴァルガの秘密を暴露しまくっている自分に気付く。慌てて周りを見るが、


「……え?」


 自分とヴァルガ以外、誰も動いていない。キャロルも安城も駿河も、人形のようにその場に固まっていたのだ。


「ナオトが興奮していたのでな。少しばかり時を止めた」

「時を……はぁっ?」

「驚くことはなかろう。我は完全に復活している。このくらいのことはなんでもない」

 とんでもないことをサラッと言われ、口をパクパクさせる。


「ナオトが我を想ってくれていることには気付いておる。日に日にその想いが増していくのを感じ嬉しく思っていた。それに、ここ数日は近くで見ていたのだ」

「み、見てっ?」

「ミサトと夫婦役とは、なかなか楽しそうではないか!」

 にまぁ、と笑ってそう言ってくるヴァルガは、完全に尚登をからかって楽しんでいるように見える。


 戻ってきたのだ、と実感する。


 たかがひと月、姿を消していただけだというのに、この安心感はなんだ。確かにヴァルガがいれば助かることは多い。彼の持つ特殊な力は、この世界では稀有である。だが、そうではない。どうやら、そういうことではないのだと気付く。


「ヴァルガって……、」

「なんだ?」

 尚登はふっ、と息を吐き、言った。


「あんたはなんだな」


 リディがヴァルガを好きな理由が、なんとなくわかってきた。何をするわけでもないのに、何故か人を引き付ける魅力があるのだ。だからといってリディのように自分だけのものにしたいなどとは思わないが。


「そうだ! リディにも知らせないと! あいつ、ヴァルガがいなくなってから大変だったんだからなっ?」

「知っておるわ。安心せい。リディにはもう知らせてある」

 顔を歪ませ、手をひらひらさせる。

「え? ああ、そうなのか?」

「あの者は放っておくととんでもないことをしでかすからな。ナオトの元を離れて三日後には事情を話しておる」

「三日後……?」


 確かに、大騒ぎして毎日のように家に押し掛けられていたのが、数日でピタッと来なくなったのだ。まさか直接事情を聞いていたからだったとは。


「なんでリディはで俺はなんだ!」


 つい、そんな風に言ってしまう。まるで嫉妬しているかのような発言である。


「それは……元々ナオトは我とは違う世界の者。これを機に我と離れ、忘れた方が良いのかもしれないと思ったからな。それに、あの時点ではナオトが我をどう思っているかも定かでなかった……」


 少し寂しそうに、恥ずかしそうにそう言うヴァルガを見て、ああ、と尚登は思う。

 ヴァルガは魔王だなどと名乗っているが、誰よりも思慮深く、愛情深く、優しいのだ。そもそも彼は、本当に魔王なのか? 向こうの世界で、絶対的な力を有しているだけの、ただのいいやつなんじゃないかと思えてくる。


「俺は……」

 尚登は、そんなヴァルガに自分の気持ちをどう伝えればいいのかよくわからなかった。だから、素直に自分の気持ちを口にすることにする。

「俺は、もう少しヴァルガといたい」


******


「あれ? ばるが君じゃない!」


安城が名を呼ぶと、キャロルが

「ミサト、知ってるのっ?」

 と驚いた顔で安城を見上げた。

「ええ。遠鳴君の従兄弟の息子さん……よね?」

 と尚登を見る。

「遠鳴の親戚が、なんでここに? どういうことだ?」

 駿河が話に割り込む。


 全員の視線が尚登に集まる。


「ええ、彼の名前はヴァルガ。俺の従弟の子です」

 尚登は三人に、そう言って笑った。



第七章 完

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