7-4
「では、始めますね」
朝一番でやってきたのは、美容師。
椅子に座っているキャロルの髪をくるくると手際よく纏める。
「あれだけ案を出して、許可が出たのは三つだけなのねぇ」
昨日の苦労を思うと少ないが、上が決めたことなら仕方ない。
今日はこれからショッピングモールに向かうことになった。そこでは子供向けのヒーローショーが開催されるようで、キャロルは初めて見るヒーローショーに朝からワクワクご機嫌だ。
「キャロルたち家族が日本にいることを知っているのは極僅か。情報が流出するのは避けられないだろうが、今の内なら多少の外出も問題ないだろう、ってのが駿河班長の見解らしいです。でも、キャロルは目立つから、」
「だから変装する、ってことなのね」
キャロルの頭には黒いウイッグが乗せられている。瞳の色は薄い茶色だが、髪色が金髪から黒に変わるだけで、大分日本に馴染む感じにはなりそうだ。
肩までの黒髪ウイッグを付けたキャロルは、それはそれでとても愛らしい。まるで子役モデルのようだった。
「安城さん……、」
キャロルを見ながら、尚登がボソッと口にする。
「なに?」
「うちの娘、めちゃくちゃ可愛いんですけど」
「っ!」
安城が、声にならない声を上げた。
「嫁に出せない……」
「ぷ、んふっ、あはははは、遠鳴君なに言ってるのよっ」
「あ、いや、だって!」
笑い出す安城と、我に返る尚登。
「あ、それより外ではどうするの?」
「え? どうするって?」
「呼び方よ」
夫婦と娘、の設定なのだ。
「あ、そうですね。じゃ、お互い呼び捨てでいきますか。それとも、パパ、ママ呼びがいいんですかね?」
「そ、そうねぇ、どうしましょうかぁ」
自分から振っておきながら、戸惑う安城。名前で呼ばれるのも恥ずかしいが、尚登からママ呼びされるのも……、
「名前呼びにしましょうか」
そっちの方がまだマシな気がする。
「わかりました」
「……敬語もなしよ?」
「あ、そっか」
そうこうしている間に、キャロルの支度が終わる。安城と尚登の前でくるりと回ってポーズをとる。
「可愛いな、キャロル」
「ありがと、パパ」
両腕を前に出してくるキャロルに向かって身をかがめると、そのまま抱きつき、頬にキスをする。尚登がぽーっとした顔になった。
「やだ、パパったらこんなの普通の挨拶でしょ? そんな変な顔しないでよ。パパも、ママに挨拶して!」
「へっ?」
「えっ?」
「何その反応……。二人ともプロなんでしょ? ちゃんとやってよね」
腕を組んで、映画監督のように指示を出される。尚登は頭を掻きながらも、キャロルに言われた通り、安城に向き直ると、
「ミサトもいつも綺麗だよ」
と言って頬にキスをした。
「えええっ」
安城が頬を手で押さえ、後ずさる。
「……え? なんかダメ、でした?」
尚登が眉を顰めると、安城が慌てて首を振り否定する。
「あ、そうじゃないのっ、ほんとにやるんだ、って思って驚いただけっ」
「あ、すみません」
謝る尚登に、キャロルが、
「んもぅ、ママもちゃんと合わせてよねっ」
と、不満そうに物申した。
「あ、ごめんなさい」
思わず頭を下げてしまう。
「さ、外ではラブラブ夫婦、ラブラブ家族なんだからね! 行こう!」
尚登と安城の手を引き、外へ。
お出掛け日和な、いい天気だった。
*****
遡ること数日前。
空港にはある目的を持つ者たちが集結していた。
【娘の名は、キャロライン・シェン。身柄を引き渡したものには懸賞金30万ドルを与える】
その情報は確かな筋からの正式な話である。場所は日本。平和ボケしたこの国で、娘一人を連れ去るくらい簡単ではないかとばかり、各国の腕利きたちが
集まったのは全部で六人。本当は八名だったが、既に二人は消されている。ライバルは少ないに越したことはない。
「早いもん勝ち、ってことだな」
見るからに悪党顔の者もいれば、
「おやおや、燃えてますねぇ」
ビジネスマンのような風体の者も。
「大した報酬でもないし、とっとと済ませて次の仕事に向かうさ」
「そうよねぇ。簡単な仕事だからって、ケチよねぇ」
派手なネイルを眺めながら、女が言う。
「いいからとっとと始めようぜ」
地の底を這うような低い声で大きな体の男が言うと、それが合図であったかのように、六人はスッと散っていった――。
*****
「パパ、ママ、早く~!」
キャロルが遠くから手を振る。尚登と安城は、キャロルの順応性の早さに驚くとともに、子供という生き物のパワーに押されながら、くすぐったさも感じつつ速足で後を追った。
「そんなに走らないで!」
安城がキャロルに追いつき、手を繋ぐ。二人が尚登を見、同時に手を振った。
平日にも拘わらず、大きなショッピングモールはそれなりの賑わいをみせていた。金曜日であること、それに、午後からのヒーローショー目当てに来ている親子連れも多いのだろう。
私服姿の警官の姿を多数確認する。駿河はきちんと仕事をしているようだ。
「で、どこに行きたい?」
「えっとね、フードコート!」
いきなり食べる気か、とも思ったが、確かに少し空腹感もある。
「腹が減っては戦はできぬ、っていうしな。行くか!」
「うんっ」
満面の笑みで頷くキャロルの手を引き、フードコートへ。昼前なので空いている。キャロルはハンバーガーを、安城はオムライス、尚登はラーメンを頼むと、早々に食べ始める。
「せっかく日本に来たのに、ハンバーガーなのか?」
食べながら訪ねると、
「ジャンクフードを食べるチャンスなんて、滅多にないんだもん」
と、口にケチャップを付けながら美味しそうに食べているキャロル。富豪の娘は、案外大変なのかもしれないな、と考えていると、安城が「ほら、こっち向いて」とキャロルの口元を拭いた。こうしていると本当の親子みたいだな、などとほんわかした気持ちになる。結婚や子供なんて、今まで全く意識したことのない尚登だったが、案外これも悪くない、などと思ってしまうのだから不思議なものだ。
食事を終えると、ゲームコーナーへ。コインゲームにシューティング、クレーンゲームも白熱したが、キャロルの一番のお気に入りは、じゃんけんゲームだった。本人曰く、単純なルールだからこそ嵌る、のだそう。
「そろそろヒーローショーの会場に行ったほうがいいかしらね?」
安城が時計を見ながら、言った。
なんでも、いい席で見るためには並んで場所取りをしなければいけないらしい。
「行ってみるか」
今日のメインイベントとなる場所へと、向かうことにするのだった。
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