7-3

 聞いてみます、などと言ったところで、どうすることも出来ないのが現状だ。大体、要人の警護をしているのに部外者を連れてくるなんてこと、論外だろう。


「ねぇ、どこか行こう?」

 キャロルが安城の腕を引っ張る。

「どこか、って……」


 到着からまだ一時間も経っていない。やはり家の中で大人しくはしてくれないのか、と天を仰ぐ。


「だって二人は私のパパとママの設定でしょう? 三人で一緒にいてもおかしくないように『家族』っていう形にしてるんでしょ? だったらどこかに出掛けたって問題ないじゃない! ね? お願い~」

 またしてもきゅるん、でウルウルな視線攻撃である。安城が困った顔で尚登を見た。なんでそんなにすぐに降参するんだ! と心の中で叫びつつ、尚登は姿勢を低くし、キャロルを諭す。


「来たばかりじゃないか。まだ二週間もあるんだ。何も今日じゃなくたって、」

「嫌よ! ずっとこんな狭い家に閉じ込めておくつもり? ぜぇぇったい、嫌!」

 ぷんっ、とそっぽを向かれてしまう。


 尚登は携帯を取り出すと、駿河に電話を掛ける。まさかこんなに早く電話が来るとは思っていなかったのだろう。電話の向こう、駿河の声は困惑している。


『なんだ、遠鳴? どうかしたか?』

「……ええ、うちの子がどこかに連れて行けと言い出しましてね。どうすれば?」

 少し怒ったように駿河に言うと、電話の向こうでしばし沈黙した後、

『えええ……、』

 という情けない声が聞こえてきた。

「指示を」

 再度、強めに言うと、駿河は渋々、

『今日の今日は困る。せめて予定を立ててこちらに知らせてからにしてくれないか?』

 と答えた。

「了解しました」

 電話を切る。


 尚登の答えをワクワクしながら待っているキャロルに、尚登が言った。


「出掛けるのは明日以降だ」

「ええええ!」

「こら、最後まで話を聞きなさい。今日はこれから、三人で会議を行う」

 わざと仰々しい物言いで、尚登。

「会議?」

「ああ。作戦会議だ。どこに出掛けるかを考えて、それを紙に書き出す!」

 テーブルに、バン、と紙とボールペンを用意する。キャロルを椅子に座らせ、タブレットも用意する。


「日本に来たら行ってみたかった場所、やってみたかったことは?」

 尚登の言葉を聞いたキャロルの顔が、ぱぁっと明るくなった。

「あるわ! 行きたかった場所も、やってみたかったことも!」

 そう言ってタブレットを見始める。安城が尚登を見て、

「遠鳴君、やっぱり子供の扱いが上手ね」

 と感心する。

「そんなことありません。それに、俺よくわかんないんですよ」

「なにが?」

「相手が子供だ、とか大人だ、とか。だって、どんなに小さくたって一人の人間でしょ?」


 守るべき存在であるということは理解している。けれど、そのことと『接し方』は別の話であり、そこは年齢など関係なく一人の人間だとしか思っていない、というのが尚登の理論である。


「……なるほどねぇ」

 安城は素直に感動していた。自分は年齢で相手の見方を変えていた気がする。小さい子には、相手は子供だ、という態度で接してきたのだ。年寄りには年寄りの。でもそれは偏見だったのかもしれない。


「ナオト、ミサト、こっちに来て一緒に考えよう!」

 キャロルに言われ、二人は顔を見合わせ、笑う。

「そうね」

「どこがいいって?」

 三人はテーブルを囲み、お出掛け作戦会議を本格的に開始したのである。


*****


 夕食はお抱えシェフが作ってくれただけあり、とんでもなく豪華だった。尚登も安城も豪勢な料理を堪能し、うまいうまいと大満足だったのだが、キャロルはそんな二人を見て

『公務員てそんなにお給料少ないの?』

 と呆れた声で言っていた。


 キャロルを部屋に連れて行き、ベッドに寝かせる。明日が楽しみで仕方ない、と話すキャロルを寝かしつけると、リビングへと戻る。ぐったりとソファに身を沈めている安城を見、思わずクスリと笑ってしまう。


「疲れましたか?」

「……ええ、ビックリするほど疲れたわ。走ってもないのに」


 結局、キャロルは二週間分全日程の計画を立て始めたのだ。もちろん全部が叶うわけではない。が、タブレットであちこち調べながら思いを馳せるキャロルはとても楽しそうに見えた。彼女は今まで、親に合わせて各国を巡ってはいるだろう。だがそれは連れ回されているだけ。自分で計画を立て、行きたい場所を考えたことなどなかったのではないだろうか。


「で、結局明日はどこに行くって?」

 企画書はすべて駿河に送ってある。あとは警備状況や安全確認などを署で吟味し、採用を待つだけだ。

「まだ決定までは少し時間が掛かると思います。安城さん、先に休んでください。あとは俺が」

「でも、」

「大丈夫ですよ。朝は俺が起こしますから」


「……遠鳴君て、」

 安城が改まって尚登を見た。

「なんです?」

「……いい人ね」

 真面目な顔で、言った。


「は? 俺、今までそんなに悪いイメージでした?」

 あまりにも真剣な顔で言われ、つい、心配になってしまう。


「やだ、そうじゃないわよ! ただ、自分だって疲れてるだろうに、優しいこと言ってくれるから」

「いや、外に出ると安城さんの方が絶対的に負担が増えますから。俺に出来ることはやっておかなきゃ、って」

「え? 私?」

「そうですよ。俺は女子トイレには行けないし、一緒に温泉に入れないし」

「ああ、なるほど」


 そう。キャロルの行きたい場所の一つに『温泉』というのがあったのだった。


「俺はよくわかりませんが、あのくらいの年の娘ってパパよりママにべったりだったりするんじゃないですか? だとしたら、ねぇ?」

 ショッピングモールでの買い物。遊園地、動物園。とにかく普通の子供と同じような、他愛もない願い。どれが採用になるかはわからないが、どれが採用になったとしても楽しませてやりたい。尚登はそんな風に考え始めていた。


「そうね、一瞬たりとも目が離せない、精神力と気力マックスで臨むお出掛けですもんね。お言葉に甘えて、生気を養うことにするわ」

 安城がふふ、と笑ってソファから立ち上がる。


「それじゃ、遠鳴君、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 そう、挨拶を交わし部屋に向かう安城。


 しかし、部屋のドアを閉めると、なんだか急に恥ずかしくなる。


「朝は俺が起こしますから? おやすみなさいっ?」

 尚登の言葉を反芻し、何故か悶える。二人で暮らしたら、こんな会話がなされるのだろうか? あんな風に……あんな風にっ?


 ……一つ屋根の下、なのである。

 任務とはいえ、外では《夫婦》なのである。


 今までにだって恋人役や夫婦役を演じることはあったのだ。しかし、今回は……、


「なんでこんなに恥ずかしいのっ?」

 ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。

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