7-2
翌日、あまり大袈裟にならないようにと一般車両で駿河がマルタイを連れ、家を訪れた。玄関先で迎えると、写真の通り可愛い女の子がこれまた可愛らしくお辞儀をし、
「キャロライン・シェンと申します」
と流暢な日本語で挨拶をする。
彼女の祖母が日本人なのだそうで、日本とは縁も深く、言葉は完璧らしい。
「いらっしゃい。どうぞ、上がって」
緊張をおくびにも出さず、安城が言った。
昨日は遅くまで細かく同居に関する決め事をしていたのだ。その中で彼女がしきりに言っていたのが、子供の扱いについて、だった。小さくて壊れてしまいそうなもの……小動物なども含まれるようだが、とにかく繊細な生き物が苦手らしい。
「お邪魔します」
にこやかにそう言うと、靴を脱いで、中へ。駿河は、
「じゃ、俺はここで。後は頼むぞ。では、失礼いたします」
と、キャロラインに手を振って帰っていった。
「帰っちゃうんだ、班長」
尚登が見送り、そう言うと、
「あの男はバツイチ?」
という声がする。
「子供の扱いも下手だし、気も利かない。あれでは女に逃げられて当然よ」
腰に手を当てふんぞり返っているのは、さっきまで可愛い顔でお辞儀をしていたキャロラインその人である。
驚いて何も言えずにいると、尚登に向かって言った。
「そんなに驚くことはないでしょう? それとも、見た目通りの可愛い女の子じゃなくてガッカリさせちゃったのかしら?」
と半笑いで言われる。
「あ、いや……」
「リビングにはカメラがあるのよね? まったく、二週間とはいえ、人のプライベートを覗き見しようだなんて、上の考えることって本当に自分本位で愚かだわ」
大人びた言葉遣い。本当に七歳なのかと疑ってしまうほどだった。
「ナオト、と、ミサト、よね? ごめんなさいね、面倒な仕事で」
謝っている態度ではないが。
「えっと、ええ」
安城もどうしたらいいかわからなくなっている様子。そんな二人を交互に眺め、キャロラインは楽しそうに笑った。
「あはは、ほぉんと、みんな私の本性知った途端そんな顔するんだもの! どんなカワイ子ちゃん想像してたわけぇ?」
「カワイ子ちゃんを想像していたわけじゃないけど、君が一般的な七歳じゃないってことはわかってきた。で、どう扱われたい?」
尚登がスン、としてそう訊ねると、キャロラインが驚いたように目を見開く。
「あら! あなた出来るわね! 状況判断もその質問も、私の中では完璧よ!」
「そりゃどうも」
褒められているのか貶されているのかよくわからなかったが、尚登は元々こだわりや固定概念というものがあまりない。流されやすい、とも言うし、順応性がある、とも言える。
「私は、私を私として扱ってくれればそれでいいわ。忖度やおべっかはもうたくさん!」
なるほど、と察する。お偉いさんの娘であれば、どこに行ってもそれなりの人物像を押し付けられるのだろう。
「わかった。じゃ、まず呼び方を決めたい。なんと呼べば?」
「私のことはキャロル、と」
「俺は尚登、でいい」
「私もミサトで構わないわ」
安城もいつもの調子を取り戻したようだ。相手がありきたりなただの七歳でないのなら、その方が楽だと思ったのである。
「そ。じゃ、そうしましょ」
話が纏まったところで、リビングに入る。
「部屋は見なくていい?」
二階を指し訊ねるも、キャロルは首を振った。
「どうせいつもと同じでしょ。いいわよ、別に。あ! でも上の人に言っておいて。レディの部屋に監視カメラは犯罪行為だからやめて、って」
「了解」
尚登がそう言って、笑う。
「……ねぇ、ナオトとミサトはデキてるの?」
「デキ、」
「はっ?」
唐突なキャロルの質問に慌てる二人。
「私と遠鳴君は仕事上ペアで動いてるだけよ」
安城がそう告げる。
「なんだ、そうなの」
つまらなそうなキャロル。
「あ~あ、つまんなぁい。二週間もあるのに、なんの楽しみもないじゃない」
ぷう、と頬を膨らませる。
「楽しみって……」
安城が肩を竦める。
「二人が恋仲だったりしたら、二人の間に流れる特別な空気感とか、アイコンタクトとか、そういうの見て楽しめると思ったのになぁ」
ませた話である。
「そういうキャロルは、ボーイフレンドとかいないの?」
尚登が話を振る。と、何故かキャロルはどんよりと沈んだ空気になった。
「私、親の仕事のせいで転々とすることが多くて友達すらいないわ。言い寄ってくるのは私の家に興味がある人ばかりよ。仕方ないってわかってる。頭では理解してるの。でも、たまには同じくらいの年の子とバカ騒ぎしたり、ボーイフレンドと手を繋いだりしてみたい……。これって我儘?」
きゅるん、と潤んだ目で安城を見上げるキャロル。そして安城は……そんなキャロルにまんまと
「そんなっ、そんなことないわっ! 贅沢なもんですかっ。どんなに大人ぶっていたって、あなたはまだ七歳ですものっ。そうよ、年相応の友人は大事よ!」
「ミサト!」
走り寄り、安城にキュッと抱きつくキャロル。その瞬間、安城は、落ちてしまったのだ。
「あ、そうだ!」
安城が何かを思い付いたように、ポンと手を叩く。
「ねぇ、遠鳴君」
「はい?」
「ばるがくん、連れてこられないかな?」
「……はぁぁぁ?」
とんでもないことを言い始める。
「彼ならキャロルと年も近いし、ばるが君も普通の子よりだいぶ大人びてるじゃない? きっと気が合うと思うの!」
「ちょ、何を言ってるんですかっ」
慌てる尚登を他所に、キャロルの目はキラキラしはじめる。
「ばるが、って?」
「ああ、遠鳴君の親類の子なんだけど、ちょうどキャロルと同じくらいなのよ! 見た目もカッコいいし、大人っぽい感じだし、すごくいいお友達になってくれる気がするわ!」
拳を握りしめ、力説し始める。
「そうなんだ! ねぇ、ナオト!」
くい、っと顔を向け、今度は尚登を見上げるキャロル。
「お願い! ばるが君を呼んで! ね?」
キラキラお目目である。
尚登は二人から見つめられ、一歩後ずさる。
「無理だって!」
「なんでよ!」
「どうしてっ?」
詰め寄られる。
「いや、ヴァルガは、その……」
いなくなってしまったから。
とは、言えない。
「遠くに引っ越しちゃったんだよ。だからここに来るのは無理っていうか、」
「だったら迎えを出せばいいわ! 私から父に頼んでみるから! ね? いいでしょ?」
やる気満々になっている。
「いや……、」
「遠鳴君、私からもお願い! キャロルの希望、叶えてあげましょうよっ」
完全にあっち側になっている。
「……じゃ、あとで……聞いてみます」
「やった!」
「よかったわね、キャロル!」
大盛り上がりの二人を見て、憂鬱になる尚登なのであった。
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