第四章 Emergency ~緊急事態~

4-1

「だぁかぁらぁ、いいでしょぉぉ?」

 ツインテールを揺らし、腰に手を当てツンと顔を上げ、押し問答を続けているのは、元勇者とは思えない風貌と言動の、リディである。


「絶対に、駄目だ!」

 迎え撃つは、都市警察特殊犯罪捜査課、通称『怪異班』所属の刑事、遠鳴尚登。夕方、マンションに戻ると何故かドアの前にリディがいた。そしてとんでもないことを口にしたのだ。


「こんなうら若き乙女を危険な夜の街に放置しようってぇの?」

「そうは言ってないだろっ? どこか他所よそに行けって言ってるだけ!」

「ひっどぉぉい!」


 どうやら、同居人と喧嘩をしたらしい。というか、同居どころかリディは居候なのだ。面倒を見てくれている人間と喧嘩するくらいなら独立すればいいだろう、と尚登は思う。それに、なにかあるたびに押し掛けられては面倒で仕方ない。ヴァルガは腕のまま、テーブルに鎮座。一言も発してはいない。


「他に行くとこなんかないもんっ」

「ホテルに泊まる金くらい、お前だって持ってるだろうがっ」

 なにしろメイドカフェNo1メイドなのだ。それなりに持っているに違いない。


「お金の話じゃないのっ。私はねぇ、傷ついた心のまま一人の夜を過ごしたくないって言ってるんですぅ!」

「……なにを、乙女チックな」

「はぁぁ? 私、乙女ですけどぉ?」

 ぷぅ、と頬を膨らませ、リディ。

「……とりあえず、話を聞かせてみろ。喧嘩の原因は何だよ?」

「それは……、」

 リディがドカッとソファに身を沈め、ヴァルガを見つめながらポツリと話を始める。


「あいつがくだらない感情出してくるからっ」

 ゴニョゴニョと口籠りながら話し始める。

「やっぱり痴話喧嘩か」

 尚登の一言に、切れるリディ。

「ばっかじゃない! 私はヴァルガ様一筋ですぅ! それはあいつだって知ってるわよっ。そうじゃなくってぇ、最近、私のお客になった人がヤバいって話なのっ」

「客? メイドカフェの?」

「そ。結構マメに来てくれる人で、いいとこの会社の専務さんかなんかなんだけどぉ、私にメロメロでさぁ。それが気に入らないみたいなんだよね」


 やはり嫉妬ではないか、と尚登は溜息を吐く。恋愛感情なしに同居なんかするわけないのだ。リディがどう思っていようと、同居人にはその気がある、ということ。


「あのさ、お前その同居人にはなんて言ってるの? 異世界から来ました、元勇者です、って言ってるわけじゃないんだろ?」

「は? 言ってるけど?」

 しれっと返され、尚登の方が引く。まさか本当のことを言ってるとは思わなかったのだ。

「……それ、信じてるわけ?」

「さぁ? そういう設定、って思ってるのかもね。私はヴァルガ様のことだって正直に話してるのにさ」

「話してるんだ……」

 魔王が好きすぎて心中しようとした、とんでもない女である。


「ヴァルガ様のことであーだこーだ言ってくることはないのにさぁ、店の客のことではあーだこーだ。なんなのよっ」

 それは、店の客はリアルで、ヴァルガは空想だと思っているからだろうな、と言うべきか、迷う。


「具体的に、その客に何かされたわけ?」

 キッカケがあったから揉めたのだ。それは一体何だったのか。プレゼントでも贈られたのか? などと考えていると、


「プロポーズされた」


「ぶふぉっ」

 口にしたお茶を、吹いてしまう。ヴァルガが小さくプッと笑ったのを聞き逃さなかった。


「ちょっと、尚登汚い~!」

 リディが眉をひそめる。

「ぷっ、プロポーズって、」

 想像の斜め上の答えに、思わず咳込む。


「私だってビックリしたわよ。でも、ま、私ってば可愛いし? 人気あるし? プロポーズしたくなる気持ちはわかるけどぉ」

「……んで、どうしたわけ?」

「どうしたもこうしたも、私にはヴァルガ様っていう心に決めたお方がいますのでぇ、丁重にお断りしたわよ。あいつにもそう言ったのにさぁっ」

 断った、と言っても、心配だから仕事をやめろと、聞く耳を持たないそうだ。

「愛されてんなぁ」

 半笑いで言うと、みぞおちに一発を喰らう。

「ゴフッ」

「違うわよっ。なんだかあいつの言い方って過保護な親みたいな感じっ。口うるさいオヤジみたいなんだもんっ」

 心底面倒臭そうに、リディ。面倒見てやってるのにこんな風に言われるとは、お相手が気の毒になる尚登である。


「まぁ、とにかくうちに泊めるなんてのは無理だから、帰ってきちんと話し合え。いいな?」

 尚登は何とかリディを追い出すと、ずっと黙ったままのヴァルガに話を振る。


「……ヴァルガ、笑ってたよな?」

『……何の話だ』

 誤魔化される。

「リディのプロポーズ話の時だよ。笑ってたよな?」

『……そうだったか?』

「笑ったろ?」

『……命知らずもいたもんだと思ってな』


 ぷぷ、


 思わず吹き出してしまう二人なのであった。


*****


「消えた?」


 都市警察特殊犯罪捜査課、班長である駿河は渋い顔で手元の書類を見ている。話を聞き終えた安城と尚登は、駿河を見つめた。


「ああ、国家機密でもある情報が一部、消えた。データは何かに保存された状態で持ち出されているようだが、それがUSBなのかチップなのかもわからん。ホシの目星はついているが、行方はわかっていない。一刻も早く確保してくれ」

「探すって……どこを?」

「自宅はもぬけの殻。携帯は自宅に置いたまま。車もだ。徒歩、もしくは公共の移動手段でどこかに向かったようだ。交通課に言って街中の監視カメラを探しているところだが、顔認識システムにはまだ引っ掛かっていない。よって、どこを探せばいいかは、わからん」


 いい加減な話である。


「産業スパイ……ってことですか?」

「さぁな」

「国家機密って、なんなんですか?」

「さぁな」


 お決まりの答えである。とにかく御上が『国家機密だ』と言えば国家機密だし、『探せ』と言われれば探す。それが仕事である。


「容疑者はジニアスコーポレーション、畑中彰はたなかあきら、年齢三十五歳。社長の甥だそうだ」

 写真と簡単な経歴を見せられる。

「なにか掴めれば随時情報を流す。以上だ」

「了解」

「わかりました」

 尚登と安城が席を立つ。と、駿河が、


「安城君、君だけ少し残ってくれ」


 と、言った。

 珍しいことである。


「え? ああ、はい。遠鳴君、下で待っててもらっていい?」

「大丈夫ですよ」

 尚登だけが部屋を出る。


「なんです?」

 駿河に向き直る。と、しばしの沈黙の後、駿河が口を開いた。

「君だけに、特別任務を与えたい。これは、遠鳴には絶対に言ってはいけない。いいな?」

「え? そんな……なにか彼に知れるとまずいことが?」

 安城に緊張が走る。


「これは……君だから頼むんだ。他の誰でもない、安城ミサトという優れた捜査官である君にだから、頼める重要な任務だ」

 そう口にする駿河の顔は、今までにないほど険しい。安城がゴクリと喉を鳴らした。

「わかりました。内容は?」

「実は……、」


 駿河からの話を一通り聞き終え、部屋を出る安城。その目には、困惑、という二文字がくっきりと映っていたのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る