4-2

「で、どうします?」

 尚登は安城のデスクに身をもたれ掛け、資料片手にそう訊ねる。が、どこか心ここにあらずの安城である。

「……何か面倒なこと言われたんですか?」


 二人で何を話していたかは知らないが、安城の態度を見るに、相当厄介な話だったのではないだろうかと推察する。


「あ、ごめん。そうね。どこを探すか決めないとね。でも、職場も自宅もいない上、携帯と車は置きっぱなしなんでしょ? 恋人でもいればよかったけど、どうやらそれもなし。実家は都内で、そこにも連絡がないとすると、その機密情報とやらをどこかに持ち出して売ろうとしてる、とか……」

「そもそも産業スパイなんだとしたら、雇主がいるってことですよね。彼の今までの行動パターンや付き合ってた人間をあたりますか」


「……ねぇ、悪いんだけど遠鳴君」

 安城が眉間に皺を寄せ、神妙な面持ちで尚登を見る。

「はい?」

「その辺の下調べ、任せてもいいかな?」

「へ?」

「私、ちょっと……」

 やはり何か面倒かつ重大な任務を班長直々に言い渡されたのだな、と察する。


「わかりました。大丈夫ですよ。とりあえず俺一人で少し探ってみます。何かあれば連絡しますんで」

「ほんっとごめん」

 両手を合わせ、お願いポーズ。

「いえ、安城さんは、そっち……何かは知りませんが、そっちやってください」

 快く快諾する尚登を見、安城は心から申し訳ないと思った。まさかこんな……、

「私も、手が空いたら連絡するわ」

 そう言うと、上着と鞄を手に立ち上がり、署を後にした。


 そのまま車に乗り込み、渡されたメモを見る。書かれた住所には、あるマンションの名が記載されている。

「はぁぁ、なんでこんなことを」

 本当に、面倒なことを頼まれたもんだ。とはいえ班長直々のお願いなのである。断れるはずもなく。

「やるかぁ」

 気の抜けた声を出し、エンジンをかけた。


*****


 車を路肩に停める。

 この時間には、いないだろう。とりあえず今日は、現場の確認だけすればいいだろう、と思ったのだが……、


「ん?」

 マンションから見知った顔が出てくるのを見、警戒する。張り込み中、知り合いと顔を合わせることはご法度だ。なんとか気付かれずにやり過ごす。しかし、何故ここにがいるのか? 偶然なのだろうか。

「まさか、あの子ってことはないわよね?」

 そう、口にして、頭を振る。


 駿河に頼まれた依頼は、ハッキリ言って安城がやらなければならないような重要なものではない。というより、これは仕事の一環で行うこと自体、間違っている。本来ならその辺の探偵にでも頼むようなことである。

「身辺調査なんて、ほんと、久しぶり」

 ハンドルに手をかけ、呟く。


 駿河はバツイチである。

 別れた奥さんとの間には、一人息子。今年大学生になったばかりの息子は母親の元を離れ、一人暮らしをしているらしいのだが、どうも最近、独り暮らしをしている部屋に女を連れ込んでいるらしい。


 そんなこと、直接本人に聞けばいいのだ。本当なのか。本当だとしたら、相手はどこの誰なのか。それをこんな回りくどいやり方で、コソコソと探るだなど、安城には理解できなかった。


「別に彼女の一人や二人、いたっておかしくないじゃない」

 子供がいくつになっても親は親、と聞いたことはあるし、理解も出来る。だが、やり方としては間違っているし、過保護がすぎるだろう、と思う安城である。


「さて、お次は大学の方ね」

 エンジンをかけ、車を出す。この日はマンションの確認と、大学の確認、そしてバイト先である塾の場所を確認するに留めることにした。本人とコンタクトを取るわけにもいかないので、動きがありそうな帰宅時間を狙ってみるか、と作戦を練る。

 こんなことに時間を割くのはバカらしい。とっとと真相を突き止めて駿河に報告し、本来の仕事に戻らなければ。


 そんなことを考えていると、携帯が鳴る。尚登からだった。


「もしもし? なにか進展が、」

『安城さん、大変です! 畑中彰の死体が上がりました!』

「え?」


 行方不明だった畑中は、どうやら死んでいたらしい――。


*****


「消されたってことですよね、これ」


 ホトケさん……畑中彰は、廃工場に放置されていた。第一発見者は近くに住む不良である。仲間数人とよくここに集まっていたらしく、いつものように足を運んだら見慣れない衣装ケースが置いてあり、開けたら死体が入っていた、とのこと。


「まぁ、そうでしょうね。自分で入ったわけではなさそうだし」


 おかしな形に体を折り曲げられ朽ち果てた、人間というものの成れの果て。人の死とは切っても切れない仕事ではあるが、こんな風には死にたくないもんだ、と思わせてくれるような見事な死に様である。


「所持品は?」

「それが、財布はポケットに入ったままでした。中身が抜かれた感じもなく、カード類も身分証もそのままです」

 なるほど、だから発見から第一報までが早かったのだ。

「ってことは、畑中が持ってた国家機密ってやつは……」

「既に誰かの手に渡ってしまったのかもしれません」

「参ったわね」

 まだ捜査を始めてもいないというのに、対象者は殺され、データが入っていたであろう『なにか』の行方もわからない。八方塞がりである。


「とにかく、畑中がこうなる前の足取りを探すしかないわ。鑑識作業、悪いけど大急ぎでよろしくね」

 作業中の鑑識官にそう声を掛け、その場を離れる。現場近くで第一発見者たちの話を聞くも、大した話は聞けず……その後、死亡推定時刻が昨夜の深夜と判明。どれも有益とは言いかねる情報なのだった。


 そんなタイミングで、尚登の携帯が鳴る。

(……リディから?)

 尚登は画面を見て確認すると、そのままポケットに携帯を戻した。


「出なくていいの?」

 安城に聞かれ、

「友人からです。あとでかけ直します」

 と返す。が、


 ブブブブ、


 と、またすぐに着信が入る。


「なんだよっ」

 小声で言うと、安城が

「急ぎの用かもしれないじゃない。出てあげなさいよ」

 と言った。

「すみません」

 と断りを入れ、電話に出る。

「おい、こっちは仕事中、」

『尚登、助けて!』

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、普段聞いたこともないようなリディの、切羽詰まった声だった。


「なっ、どうしたっ?」

 明らかに緊張感のある物言いに変わった尚登の声を、安城も聞き逃さない。

『私、ヤバい連中に追われて……、』

 ガガガ、ゴゴゴ、ガチャン、

『キャッ』


 ブツ


「……切れ、た」

 悪戯にしては手が込み過ぎている。リディに何かあったのだ。直感でそう思う。


「安城さん、俺、ちょっと抜けますっ」

「え? 遠鳴君っ?」


 勢いよく走り去る尚登の後姿を、安城はただ見送ることしかできなかったのだった。

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