4-3

 走りながらヴァルガに訊ねる。


(リディの居場所、掴めるかっ?)

『出来ぬことはないが……』

(あいつ、なにかに巻き込まれてるだろ、絶対!)

『あの電話を信じるのか?』


「え? 嘘なのっ?」

 思わず声が出てしまう。立ち止まり、息を整える。


『さぁな。しかし、リディだからな……』


 ヴァルガの言わんとしていることもわからないではない。が、刑事としての尚登の勘が告げている。あれはいつもの冗談などではないと。何があったかはわからないが、切羽詰まったあの話っぷりや突然切れた通話は、彼女の身に危険が迫っていることを示しているのだと。


『調べてみるか。ナオト、人気のない場所に移動を』

 ヴァルガに言われ、細い路地に入り込む。誰もいないことを確認し、腕輪に向かって呼びかける。

「ヴァルガ」

 ぴかりと腕輪が光り、腕へと変化する。その腕を手に取る。……魔法少女であればステッキを天に掲げるような、あの絵面だ。しかし、いかんせん掲げるのは。少しばかり、ホラーである。


『サーチ』

 ヴァルガがそう言うと、淡い光が天高く伸び、一瞬で消える。


『ふむ、これは……』

「なにかわかったかっ?」

『冗談ではなく、リディの身に危険が迫っているようだ』

 そう、言ったのである。


*****


 その頃、安城は現場を離れ、車を走らせていた。尚登はどこかに行ってしまうし、鑑識作業は続いている。隙間時間を利用して、身辺調査の方に時間を割くことにした。


 マンションの前に車を停めると、勢いよくマンションから走り出てくる人物を目にする。

「え? あれって……」

 手元の資料を見返す。もじゃついた天パーの髪に丸眼鏡。ひょろっとした背格好。間違いない。駿河の息子、佑介だ。なぜこの時間にここにいるのか、なぜあんなに血相を変えて飛び出してきたのかはわからない。


「一体どこへ?」

 佑介はかなり急いでいる様子で、半ば走るようにしてどこかへ向かっていた。

 安城は車を走らせゆっくりと後を追う。あまりゆっくり走っていると他の車の邪魔になってしまうかもしれない……と考えていると、佑介が大通りでタクシーに乗り込んだ。

「よし」

 これなら後を追いやすい。


 通りを、北へ。


 一体どこに向かっているのか。

 しばらく後をつけると、タクシーが止まる。安城も路肩に車を停め、後を追った。

 そこはとあるマンションの前。


「ここって……」

 見覚えのあるマンション。ここは、尚登の住んでいるマンションだ。何度か車で送ったことがあるから間違いない。

「なんでここへ……?」

 エントランスを抜けると、今上がっていったと思われるエレベーターは三階で止まった。やはり、尚登に会いに行ったとしか思えない。

 安城は急いで三階へと向かった。


「……やっぱり」

 駿河佑介が、尚登のドアを叩いていた。


「すみませんっ! いませんか? 遠鳴さんいませんか!」

 かなり切羽詰まった様子だ。

 本当は接触しちゃダメなんだろうけど、と思いながらも、このままというわけにはいかず、安城は肩を竦めた。


「ねぇ、そこの住人に、何か用?」

 声を、掛ける。

 駿河佑介は、一瞬驚いたように安城を見、しかし、すぐに気を取り直したように話し掛けてきた。


「あの、遠鳴さんをご存じですかっ? どこにいるか知りませんかっ?」

 縋るように訴えてくる佑介に、安城が首を傾げ、答える。

「どちら様? 遠鳴君にどんな、」

 言い終わる前に、佑介が安城に詰め寄る。


「助けてください! お願いします! 何かあったら遠鳴さんを訪ねろって言われてて、だからここに来たんですけどっ、どこにいるんですかっ?」

 必死に懇願する佑介は、目元が少し、父である駿河班長に似ているな、とぼんやり考えた安城である。


「落ち着いて。一体何があったの?」

 安城が佑介の肩に手を置き、目を見て、問う。丸い眼鏡の奥、潤んだ瞳で佑介が口にしたのは、トラブルに巻き込まれた同居人の事だった。


「あのっ、俺のっ……僕の友人がトラブルに巻き込まれたみたいなんです。ヤバいことになった、って連絡が来て、それで、えっと、その友人が遠鳴さんと知り合いみたいで、警察の人だって言ってたから、あの、」

 友人。彼女ではないのだろうか?


「そのお友達は、男性?」

 話を聞くふりをしてついでに情報も集める。

「女性ですっ。目がクリッとしてて可愛くて、気は強いけど優しいとこもあって、頑張り屋で面白くて、大事な人なんです!」

 まるで愛の告白だ。これで関係性は明らかになった。


「わかったわ。私の名前は安城ミサト。遠鳴君の上司よ。あなた……とにかく、ここじゃなんだから、一緒に来てくれる? 一緒に探してあげるから。ね?」

 ポケットから警察手帳を取り出し、見せると、佑介の顔が強張る。

「都市……警察っ?」

「佑介君、よね。大丈夫。このことはから。とにかく今は緊急事態なのでしょう?」

 安城が言うと、佑介はコクリと頷いた。


*****


 二人はマンションを出て、車に乗り込む。安城が携帯を出し、尚登に電話をかけた。


『もしもし、安城さん?』

「遠鳴君、今どこ?」

『すみません、今、ちょっと、』

「とりあえず話を聞いて」

 そう言って、通話をスピーカーにする。佑介が身を乗り出し、話し始める。


「あのっ、遠鳴さんですかっ? 俺、あ、いや、僕……リディの友人で駿河佑介と申しますっ。なんか、リディが変なことに巻き込まれたみたいで……僕だけじゃどうにもできなくて、助けてほしくてっ。リディがあなたを頼れって言って、それで、マンションに行ったら安城さんがいて、」

 電話の向こう側では、尚登が口をあんぐり開けていた。


『え? は? もしかしてリディの……同居人? 駿って言った? なんで安城さんと一緒に……もしかして、』

「ええそうよ。班長の息子さん。でもこのことは班長には全く関係ないの。ねぇ、リディって、いつか会ったあのツインテールの子のことよね?」

『そうです。実は俺も今、探してるところなんです』

「えっ?」

「そうなんですかっ?」


『安城さん、車ですか?』

「ええ、そうだけど?」

『国道下って港の方まで出られますかっ?』

「もう、場所わかってるのっ?」

 そう訊ねると、少しの、間。


『えっと、本人から電話があって大体の場所は聞いたんですが、途中で連絡途絶えまして……今、その近辺を捜索してます』


 現場で受けていた着信がそれだった、ということなのだろうか? だったらそう言ってくれれば、と喉まで出掛かるが、あえて触れずに、安城は言った。

「今から向かうわ。遠鳴君、無茶しないでよねっ?」

 プツ、と通話を切ると、佑介に向き直り、

「あの子とあなたの関係、これまでの経緯、それに遠鳴君との関係も詳しく話しなさい」


 と、凄む安城に、若干の恐怖心を抱く、佑介だった。

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