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 携帯電話を見つめ、しばし考える。


 まさか、駿河班長の息子がリディの同居人だとは思っていなかったし、なぜ安城が駿河佑介と一緒なのかもわからない。そしてリディが何に巻き込まれたのかも。

 今頃、安城が佑介から話を聞き出しているだろう。詳細は合流した時に聞けばいい。尚登はそう思っていた。


『役割分担、というやつか?』

 考えを読んだかのように、ヴァルガが訊ねてくる。

「効率よく動くために、今何をすればいいかを考える。そう、仕込まれてるからな」

『なにも言わずとも、お互いのことはわかっている、ということか』

「まぁ、そんな感じ」


 二人は今、ヴァルガが探し当てたに向かっているところだった。多分、リディが連れて行かれた場所は、マリーナに繋がれたクルーザーの中である。

 ここには個人所有のクルーザーがあちこちに繋がれている。一見しただけでは、どの船にリディがいるかわからないが、こちらにはヴァルガがいる。リディの気を追うことも、負のオーラを追うことも出来るため、迷うことはなさそうだった。


『行くのか?』

 ヴァルガに聞かれ、尚登が首を振った。

「いや、まだだ。安城さんたちが来て、話を聞いてからにする。闇雲に突っ込んでも、事情が分からないとどう動くのが最善かの判断が出来ないからな」

『ふむ』

 鈍いのはだけなのだな、と口にしそうになるも、やめておく。


 尚登は正確な位置を安城に送ると、辺りを見渡す。平日の午後である。マリーナに人の姿は少ない。


「ヴァルガ、どの船だ?」

『三本向こうの、一番右だな』

 ヴァルガに言われ、ポケットから双眼鏡を出す。小さいものだが、性能はいい。言われた船は、キャビンクルーザーと呼ばれるもので、いわゆる、客室がある高級な船である。


 デッキ部分に二名の姿が確認できた。一人は椅子に座って煙草をふかし、一人は何か作業をしているようだ。リディは中にいるということか。


 尚登は携帯を取り出し、電話を掛ける。小型船舶の登録は、日本小型船舶検査機構が国の代行機関として実施している。必ず登録があるはずだ。少なくとも、持ち主が分かれば何か手掛かりが得られるのではないだろうか。

 都市警察には特別な権限が与えられており、面倒な手続きや説明なく情報を得られる、通称『辞書』と呼ばれる部署がある。

「調べものだ」

 オペレーターに詳細を告げると、携帯を手に歩き始める。


*****


「わからない?」

 駿河佑介を前に、尚登が言った。


 合流した安城と、車の中で現状確認をしたところである。が、佑介はリディの失踪に心当たりがないというのだ。


「はい。リディが電話をくれて、どうもヤバいことに巻き込まれそうだ、って言ったんです。危ないから家から出ないように言って、急いで家に戻ったんですけど、もういなくなってて」

「ヤバいこと、の内容は何も言ってないのか」

「はい」

「ったく、あいつっ」

 苦虫を嚙み潰したような表情でそういう尚登を見て、安城と佑介がモヤる。


「遠鳴君と彼女って、」

「遠鳴さんとリディって、」


 ハモってしまう。


「え? ああ、えっと、まぁ、ちょっとした知り合いっていうか」

 尚登が誤魔化す。なんと説明すればいいかわからないのだ。


「それにしても、よく突き止めたわね。どの船かまでわかってるんでしょ?」

 安城に言われ、慌てて答える。

「ええ、たまたま怪しいやつが入っていくのが見えたんで。平日の昼間にきっちりスーツでマリーナに来る奴なんていませんからね」

 ちょっと苦しい感じではあるが、安城に怪しんでいる様子はない。


「で、そのクルーザーの持ち主は?」

 安城に聞かれ、『辞書』からの返信を読み上げる。

「会社名義ですね。サイラナス株式会社。実体のないダミー会社っぽいんですよ」

「怪しいわね」

 しかし、そんな怪しい奴等にリディが狙われる意味が分からない。


「最近何か変わったことはなかったのか?」

 尚登が佑介に訊ねる。と、佑介は少し考えるように視線を落とし、答える。

「客からプロポーズされた、って」

「ああ、それか。俺も聞いたよ」

 尚登が息を吐く。

「プロポーズ? 客、って、彼女、なにしてるわけ?」

 安城の質問に、今度は尚登が答える。

「メイド喫茶で働いてるんです。健全な、普通のやつですよ」

 リディのバイト先はもう調べてある。特に怪しいところはない、いたって普通のメイド喫茶だ。

「へぇ、プロポーズされるほど人気なの」

 安城が再びモヤる。どうしてなのかはわからない。


「どっかの専務だって言ってたよな」

「ええ。指輪までもらったんですよ? 信じられますっ?」

 不機嫌そうに、佑介。

「指輪?」

「返そうとしたけど帰っちゃったからって。職場に置いてあるって言ってましたけど」

「すごいわね」

 安城も驚いている。

「あきらくん、って言ってたかな」

「あきら……」

 ふと、引っ掛かる。


 あきら。


「……まさか、畑中彰……じゃないよな?」

 安城の肩がピクリと動く。

「そうです! 畑中彰! 俺、調べたんですよ。専務だなんて嘘だと思って。そしたら本当にジニなんとか、っていう会社の専務で、」


「安城さん!」

 尚登が声を荒げた。

「ええ、これは問題ね」

 リディを攫ったのは畑中を殺した犯人かもしれない。そして狙いは、

「指輪、ですね」

 尚登はすぐに署に電話を入れる。リディの職場に指輪があるはずだ。そしてそれが、畑中が持ち出した国家機密に関するなにかであるのだろう。


「ってことは、奴ら、コンタクトを取ってきますね」

「そうね、多分……」

 ピピピ、ピピピ、

 タイミングよく携帯が鳴った。


「あ、俺です」

 佑介がポケットから携帯を出す。相手は非通知だ。

「佑介君、スピーカーで出てくれる?」

「わ、わかりました」

 言うと、通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『ゆう……?』

 それは、間違いなくリディの声で……、

「リディ! ねぇ、どうしたのっ? 無事なのっ?」

『あは、ごめん。心配かけちゃったね』

 心なしか声が震えている。

「心配はいいけど、ねぇ、今どこっ? 迎えに行くよ!」

『あ、うん。あの、さ』

 言いづらそうに、言葉を続ける。

『あきら君から預かったやつをさ、持って来てほしいんだけど』


 やはり、だ。


『場所は……』


 しかし、彼女が指定してきたのはこのマリーナではなく、都内のとある交差点だった。


 ……つまり、相手はブツを手に入れたらリディを消すつもりなのだ。

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