4-5
「遠鳴さん、どうしましょうっ」
駿河佑介がわなわなと体を震わせる。
「安城さん、流石に佑介君を向かわせるのは、」
「そうね。いくらなんでも一般人を現場に向かわせるのは危険ね。それに、指輪の回収自体はすぐ済むと思うけど、問題は上がそれを私たちに渡す気がないだろうってことよ」
眉間に皺を寄せる。
そうだ。
殺された畑中彰が持っていたとされる国家機密の何か。それがリディに渡した指輪に隠されているのだとしたら、そんな大事なものをお偉いさんが貸してくれるとは思えない。
「えっ? 何故ですっ?」
「彼女の監禁は公になってない。つまり、あなたしか知らないってこと」
「じゃ、このことを公にしてっ、」
「いや……」
焦る佑介に尚登が口を挟む。
「今から上に報告して公にするのは時間が掛かりすぎると思う。それに、どうせ指輪を受け取ったところで、連中はリディを開放する気はないだろう。なら、こっちもなにも知らないふりをして油断させた方がいい」
「でもっ」
「そうね。手っ取り早くそれで行きましょうか。班長は渋い顔するでしょうけどね」
安城が悪戯っ子のように微笑む。
「安城さん、佑介君を連れて指定された交差点に向かってください。班長には俺から連絡を入れておきます。指輪がどういうものかわからないけど、似たようなものを用意してもらって、それを持っていけばいい。こっちは応援を待って、リディを救出します」
「わかったわ。応援が到着する時間まで指輪は渡さないでおく。くれぐれも一人で行こうなんて思わないでよ?」
「わかってますよ」
「向こうは偽物を掴まされるなんて思っていないから、指輪を受け取ったらすぐ実行に移すはず。時間を合わせて動きましょう」
「了解です」
確認し合うと、尚登が車から降りる。安城は佑介を乗せ、指輪の調達に向かった。ここから指定の場所までは三十分といったところか。指輪の調達時間を考えても、せいぜい四~五十分。
尚登は携帯を取り出し、駿河に電話をかけた。大まかな事情を説明すると、案の定、溜息をつかれる。
『なんでうちの息子が絡んでいるんだ?』
「知りませんよ、そんなの。たまたまでしょ。で、指輪の件は?」
『ああ、早々に回収するよ』
「じゃ、ダミーを」
『すぐ用意させる。で、そっちは、』
「応援、出ますか?」
『一時間あれば』
「三十分でお願いします」
『……ったく、わ~ったよ』
プツ
あとで怒られそうだが、仕方ない。
尚登は船の方に視線を移した。
あとは応援を待って、突入すればいい。そう、思っていたのだが……、
『ナオト、まずいぞ』
ヴァルガがそう、話し掛けてくる。
「え? なにが?」
『奴ら、船を出す気だ』
「はっ?」
ポケットから双眼鏡を出し、見ると、甲板でタバコをふかしていた男がなにやら指示を出しているようだった。作業をしていた男の他、もう一名が甲板に姿を見せている。
「おいおいおい、それはヤバいだろ!」
指輪を手にする算段が整ったからということか。沖に出て海に放り込む気なのだ。
ブブブブ、というエンジン音が聞こえる。走り出す尚登。だが、船はあっという間に桟橋を離れてしまう。
「おいおい、まずいって!」
このままではリディは海の藻屑だ。
「ヴァルガ、俺をあの船まで飛ばすことは出来るかっ?」
無茶苦茶なことを言っているのはわかっている。だが、今から船を用意していたら間に合わないのだ。
『……まったく、ナオトは要求が多いな』
言うが早いか、地面がぐらりと揺れる。実際は地面が揺れているわけではないようだが、とんでもなく酷い眩暈のようなものに襲われ思わず目を閉じる。
「は? 尚登っ?」
リディの声に驚いて目を開ける。と、モーター音と揺れ。小さな部屋の中、リディは手と足を拘束されていた。慌ててその場にしゃがみこみ、周りを見るが、部屋の中には彼女しかいないようだ。
「すごいな。本当に飛ばしてくれたのか」
そして、ハタと気付く。
「ヴァルガ、腕に戻ってない……?」
腕輪のままでやってのけたのだ。
『折角溜めていた負の力が減ってしまった』
「ヴァルガ様っ! 私を案じて助けに来てくださったんですねぇ! 感激ですぅ」
目にハートマークを浮かべ、リディが早口でそう言う。
「そんなことより、早く戻らないと。この船に乗ってるのは三人で合ってるか?」
縄を解きながらリディに訊ねる。
「多分。命令してる偉そうなのが一人と、使い捨ての部下みたいなのが二人いたわ」
酷い言いっぷりである。
「よし、とりあえずその三人をなんとかして陸に戻ろう」
室内を見る。何か武器になりそうなもの。いや、それともここはヴァルガの力を借りてしまったほうが早いだろうか、などと考えていると、
「な、尚登ぉ」
背後でリディが情けない声を出す。
「なんだ?」
振り向きざま、頭に激痛が走る。
「ぐっ」
視界に移ったのは黒い服を着た男。手には鉄パイプのようなものが見える。完全に油断していた。目の前に床がある。倒れたのだと知る。
そのまま、視界がぼやけ、尚登は意識を失った。
「尚登!」
リディが叫ぶ。男はチッと舌打ちをし、
「一体いつの間に」
と言い捨て、尚登を蹴り上げた。
「ちょっと、やめてよっ!」
「うるせぇ!」
パン、とリディの頬を叩き、黙らせる。
「おい! お前らなにやってんだっ!」
声を荒げ、残りの二人を呼ぶ。が、すぐそこにいるはずの二人が来ない。
「おいっ!」
再度声を荒げると、外からなにやら声がする。
「なんでだよっ、おい!」
ドカッ、バンッ、という音と、悲鳴。
「うぁぁぁ!」
外で何が起きているかわからず、黒服の男はさすがに焦りの色を見せ始める。
「何をやってるんだ、あいつらはっ」
頬を押さえ床に座り込んだままのリディをそのままに、甲板へと出る。そこには、伸びている男と、その脇に立っている男。
「おい、沢木、一体何がっ、」
黒服の男が近付くと、沢木、と呼ばれたチンピラ風の男が間合いを詰めた。
「古風な手だが」
そう呟くと、沢木が黒服の男の頭を掴み、みぞおちに一発、膝蹴りを喰らわす。
「ぐはっ」
まさかパシリにもならない部下に不意打ちを喰らうとは思っていなかった黒服の男が、体をくの字に曲げた。
「お、おまっ、な、なにをっ」
バキッ
足を上げ、ひゅるんと回転して決まったのは回し蹴り。黒服の男はそのまま吹っ飛び、床の上で気を失った。男の携帯が転がる。
「……どうなってんのよ」
客室から顔を出したリディが呟いた。尚登はまだ気を失ったままである。ボスだと思っていた黒服の男は一瞬で床に沈んだ。あのチンピラ風情が本当のボスだったのだろうか、と考えあぐねていると、沢木がくるりと振り向き、リディを見た。
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