4-6

「なんでお前がっ!」


 駿河セイ。都市警察特殊犯罪捜査課、通称『怪異班』班長である。そして目の前にいるのは駿河佑介。別れた妻との間に出来た、一人息子だ。


 言いたいことは山ほどあった。しかし、部下の手前……そして今は事件の真っ只中でもあり、私情を挟んでいる場合ではないのだ。よって、黙る。


「安城君、指輪は用意した。回収したものになるべく似た形だ。ケースもな」

 スッと差し出す。安城はそれを手に取り、

「で、現場には誰が向かいます?」

 と訊ねた。

 先方が電話を掛けてきたのは佑介だが、それは単にリディが指定しただけだろう。佑介の顔が割れていないとするなら、指定された交差点に向かうのは本人でなくともいいはずだった。


「僕が行きます!」

 佑介が挙手をする。

「なにを言う! お前は一般人だ。行かせるわけにはっ、」

「いいえっ。彼女の携帯には僕の写真が入ってます。万が一にも面が割れている可能性がある以上、別人が行ったら怪しまれるでしょう? 違いますかっ?」

 最後の言葉は安城に向けた。


「……確かに、それは有り得るわね」

「そもそもこれは公式じゃない。僕が持ち込んだ話です。僕が行きます!」

 一歩も譲らない。

「しかし、」

「班長。私が付いていきます。ただこれを渡すだけですし、問題はありません」

 安城が説得を試みる。


「……わかった。くれぐれもおかしな行動をしないように。遠鳴の方にも、そろそろ援軍が到着するはずだ」

「わかりました。では」

 軽く頭を下げ、署を後にする。


「ありがとうございます、安城さん」

 歩きながら佑介が言った。

「言い出したら聞かないのは班長にそっくりよ。いいこと? あなたは指輪を渡すだけ。わかった?」

「はい」


 ビルに横付けしていた車に乗り込む。指定された交差点までは飛ばせば十分だ。時間を指定されたわけではないが、急いだほうがいいだろう。

 アクセルを踏み、車を滑らせる。

 と、無線が入った。


「はい、安城です」

『おい、どうなってるっ?』

「は?」

 なぜかイラついている駿河の声。さっき納得したばかりなのに、なぜ怒っているのか。

「なんです?」

 安城が訊ねると、

『指定されたハーバーに遠鳴がいないと言われたぞ!』

「ええっ?」

「いないって……、」

 安城と佑介が声を出す。


『遠鳴の携帯も繋がらず、ついでに船もないそうだ』

「まさかっ」

 佑介が安城を見た。

 安城が舌打ちをする。

「安城さん!」

「……大丈夫よ。きっと遠鳴君ならうまくやるわ」

 ぐっと唇を噛む。


 交差点は、すぐそこだった。


*****


「行きます」


 車を交差点の手前で止め、そこからは徒歩で向かう。怪しまれないように、安城は別の道から向かうことになった。


「気を付けて」

「はい」

 指輪の入ったケースをポケットに忍ばせ、佑介が大きく頷いた。


 安城が路地に向かう。その後姿を見、佑介は早足で歩き始める。指輪を渡したら、犯人はボートに連絡をするだろう、というのが安城と尚登の見立てだった。そして佑介もそれに同感だ。船は沖へ出ている。尚登は船にいるのだろう。しかし、無事かどうかはわからない。最悪の事態も考えられるのだ。


 ぶるっと頭を振る。


 佑介は、交差点に向かって走る。安城が来る前に、犯人に接触したかった。

「ここ……だよな」

 何の変哲もない普通の交差点だ。怪しい人物もいなければ、車も停まってはいない。

 ポケットから指輪の入ったケースを取り出す。クイッと眼鏡を上げ、相手を待った。


「それが畑中の指輪か」

 唐突に後ろから声を掛けられ、肩が震える。

「そのまま動くな。指輪さえ手に入ればあんたに用はない。さ、よこしな」

 帽子にサングラス姿の中年男性。後ろに立たれているから顔はよくわからなかった。


「話がある」

 佑介は勇気を振り絞って、そう、告げる。


「は?」

 男は面食らったようだった。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


「あんたたちが連れて行った女の子を解放しろ。そうじゃないと、あんたたちは痛い目に遭うことになる」

 佑介の脅しを聞き、男がフッと息を漏らした。笑ったのだ。

「面白い話だな。でも、それはできない相談だぜ?」

 馬鹿にしてくる相手に、佑介は静かな声で言い放った。

「この指輪は偽物だ。警察がすり替えた。彼女を開放しないと本物は手に入らない」

「なんだと?」

 佑介の言葉を聞き、男が動揺する。


「これを手に入れて彼女を消すつもりなんだろ? でもそんなことをしても意味がない。向こうから来る女性、見えるか? あれも刑事だ。あんたたちは包囲されてる。確実に指輪を手に入れたいなら、船の上にいる彼女を解放しろ」

「……開放して、どうする?」

 イラついた声で、男が言う。

「僕を人質にとればいい」

「お前を?」

「僕はこの事件を追ってる刑事の息子だ」

「……ほぅ」

 興味が沸いたのか、声のトーンが上がった。

「船のやつに指示を出せよ。早く」

 心拍数は信じられないほど上がっているはずなのに、何故か落ち着いて話をしている自分に、佑介は驚いていた。内向的で人嫌い。陰キャだといじられることはあっても、こんな風に悪人相手にぞんざいな口を利いたことなどない。


「……チッ」

 男は舌打ちをし、携帯を出すとどこかへ掛ける。数コールで相手が出る。

「俺だ。娘はまだ生きているか? そうか。作戦変更だ。まだ殺すな。わかったな」

 それだけ言うと、電話を切る。


「これでいいだろう」

「解放は、」

「これ以上は無理だぜ、坊ちゃん」

 グイ、と腕を掴まれる。そのまま押し出されるように歩き出す。と、スピードを上げて一台の車が交差点に入る。そのワンボックスカーは男の前で停まるとドアが開いた。

「一緒に来てもらおうか」

 押し込まれるように車へと乗り込む。そしてあっという間に車が走り出した。


 安城は、佑介が車に押し込まれるのを見て、背筋が凍った。なぜ彼を連れて行く必要があるというのか? そもそも、佑介はあの男となにを話していたのか?

「もぅ、どうなってるのよっ」

 携帯に手を伸ばしながら自分の車に走る。


「班長! 佑介君が連れ去られました!」

 状況、車種、ナンバーを伝える。

 あの指輪にはGPSが仕込んである。見失うことはない。

 車に乗り込み、地図を起動する。


「追いかけます!」


 安城はアクセルをふかし、グッと前を見据えた。


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