4-7

 黒服の男を蹴り飛ばしたチンピラ風の男が、リディを見た。リディは全身の身の毛がよだつような感覚を覚え、一歩後ずさる。と、床でブブブ、と音がする。蹴られて吹っ飛んだ黒服の男の携帯だ。沢木がそれを手に取り、電話に出る。


「はい。……ええ、はい」

 誰かから指示を受けているようだった。ということはやはりこの男が……?

 電話が終わると、手にした携帯を床に投げ捨てる。再びリディに向き直り、近付く。


「待てっ、俺が相手だっ」

 リディを押し退け、沢木の前に立ちはだかったのは尚登である。額からは血が流れていたが、こぶしを握り締め、身構える。

「尚登! あんた、大丈夫なのっ?」

 リディの声に、

「問題ない」

 と、短く答えた。


「ほぅ、問題ない、か。それはよかった」

 沢木がすました顔でそう口にした。その声は、

「え?」

 尚登が目をぱちくりする。

「あ!」

 リディが沢木を指し、叫ぶ。


「やっと気付いたか。へっぽこ勇者め」

「ヴァルガ様ぁぁ!」

 リディが沢木に駆け寄り抱き着こうと手を伸ばす、が、寸でのところで沢木の体は床に崩れ、ヴァルガの腕だけが浮遊する。すかさずリディが腕を抱き締めた。


「え? なに? どうなってるんだ?」

 狼狽える尚登に、ヴァルガが説明した。

『ナオトがあっけなく倒されてしまったせいで、わざわざ我が出る羽目になってしまったのだぞ?』

 不満そうな言葉とは裏腹に、なんだか声は楽しそうである。


 つまり、ヴァルガは沢木の意識を乗っ取っていた、ということのようだ。彼の体を使い、好き勝手動いていたのだ。


『敵のアジトも判明したぞ』

「そうなのかっ?」

『この沢木という男の思考を読ませてもらったのでな。向かうとしよう』

 ヴァルガが言うが早いか、船が動き出す。エンジンもかけていないのに、だ。

「……ヴァルガ、俺が居なくても魔法使えるじゃん」

 思わず呟いてしまう。

『船上にいる三人の負を取り込んでいるからであろう』

 そう答える。


 しかし、尚登は少しばかり疑い始めていた。もしかしたらヴァルガは、もう自分が居なくても勝手に負のオーラを集めて力を使うことが出来るのではないか、と。

「ヴァルガ様、素敵ですぅ!」

 腕を抱き締め、リディは上機嫌で甲板を飛び跳ねていたのである。


*****


 安城は、GPSからの信号が動きを止めたのを確認し、車を路肩に寄せる。高速をぶっ飛ばして辿り着いたのは、海に近い高級別荘の立ち並ぶ地域。その中でもひときわ大きな白亜の豪邸が坂の上に見える、どうやらワンボックスカーはそこに入っていったようだ。


「まるで要塞ね」

 パッと見はゴージャスな別荘かもしれない。だが、入り口の門は鉄製だし、地図で見る限り、建物の裏は海だ。一体誰の屋敷なのかと調べれば、出てきたのは会社名。あのクルーザーと同じ、サイラナス株式会社である。


「班長、見えてますか?」

 署にいる駿河に無線で話しかける。向こうもGPSを追っているはずだ。

「班長?」

 返事がないため、再度話しかけると、向こうから聞こえてきた声は駿河ではなかった。


『安城さん、お疲れ様です! オペレーターの長谷川です』

「あれ? 班長は?」

『それが……』

 もごもごと言い辛そうに濁す。安城は、大きく溜息をついた。なるほど。大人しく指揮などしていられるか! というやつか。

「こっちに来るのね。わかった」

 どっちが勝手な真似なのか、と心の中でだけ文句を言う。どうせ上には何も言わず、自分の判断で動いているに違いないのだ。班長という地位を利用して、息子のために暴走しているのは駿河の方である。


 と、ズンッ、と腹に響く音がし、地面が揺れる。辺りを見ると、白亜の豪邸から煙が上がっているのが見えた。

「ちょっと、何事っ?」


 ドォォン、ズンッ


 音は何度か続いた。安城は車に乗り込むと、坂を上がりそのまま門の前まで乗り付ける。爆発音のような音は既に止んでいたが、中から騒がしい声が 聞こえる。しかし、それもあっという間に静寂へと戻される。


「……なにが、起きてるの?」

 安城は鉄の門をよじ登ると、敷地内へと侵入する。見える範囲には誰もいないようだ。そのまま玄関の方へと向かうと、入り口付近に二人の男が倒れている。警戒しながら近付く。足で軽く蹴るが、反応はない。脈を取り、生存を確認。外傷は見えない。

「一体、どうなってるっていうのよ?」


 玄関のドアは半分開いている。そっと押し開け、中へ。エントランスに一人。こちらも外の人間同様、気を失っているようだ。そして煙は建物の裏……海側から上がっているようだった。


 声らしき物音がする。

 耳を澄ませ、進むと、透明な扉の向こうに人影が見えた。


「……え?」

 見間違いでなければ、ツインテールの少女が見える。腰に手を当て、なにか話している。そしてその向こうには……、

「佑介君っ?」

 なぜか正座で項垂れているもじゃもじゃ髪の青年が見えた。


「安城さん!」

 名を呼ばれ、驚いて振り向く。と、

「遠鳴君っ!?」

 ロープを手にした尚登がいたのである。


「一体何がどうなってるのよっ?」

 訊ねると、尚登は目を泳がせながら頭を掻いた。

「いやぁ、色々ありまして」

 そう言ってガラスのドアを開けた。


「ねぇ、わかった? こんな危険なこと、今後一切しちゃダメだからねっ? 巻き込んだのは私だけどさぁっ、敵の懐に入っていくだなんて、あんた無茶が過ぎるのよ!」

「で、でも、リディが危ないってわかってて何もしないでなんていられなかったんだ。だから……」

「んもぅ! だからぁっ、」

 どうやら説教を喰らっているらしかった。そして、彼らの後ろ。壁であったろう場所からは、美しい海が見えるほど大きな穴が開いていたのである。


「……ほんと、何があったのよ、ねぇ」

 安城が目をぱちくりさせている。と、遠くからヘリの音が聞こえる。


「……ああ、これカオスね」

 安城がガリガリと頭を掻きむしり、尚登を引っ張って、外へ。

「え? なんですっ?」

「あれ、見える?」

 空を指し、安城が言う。

「ヘリですね。……え? まさかあれって、」

「ええ。あれはうちのヘリ。乗ってるのは班長よ」


 近付いてくるヘリ。もう、尚登と安城の姿を目視しているはずだ。安城が手旗で安全であることを知らせる。と、

「うわ、マジかっ!」

 尚登が声を荒げた。


 ヘリから、人が降ってきたのだ。


 全身黒のピタッとした突撃用の防弾服に身を包み、マシンガンを肩からぶら下げた男は、パラシュートを開きながら、何か叫んでいるようだ。


「班長……すごいっすね」

「やりすぎよ、もう」


 きっと独断で動いているに違いないのだ。


 人質は二人とも無事。

 指輪も回収済み。


 多分、なんとかなるだろう、と安城は楽観的に考えることにしたのだった。



第四章 完

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