第五章 Cocoon gate ~新たな人生~

5-1

「じゃ、同居は解消なんだな」


 あり物で作ったパスタはカリカリのベーコンと水菜。その上からじゃこをかけた、しょうゆベースの味付け。せっかくの休みだというのに、またもやリディに上がり込まれ、昼まで用意させられている尚登である。


「そうなの。私も晴れて独り立ちよ!」

 くるくると器用にパスタをフォークに巻き付け、リディ。


 父親である駿河セイに同棲がバレた佑介は、話し合いの結果、同居解消ということになった。理由は簡単だ。契約上、単身でしか入れないマンションに勝手に二人で住んでいたこと。恋人でもない男女が寝泊まりを共にしていること。これは許されることではない、との判断である。


駿河はんちょうさん、めちゃくちゃ怒ってたなぁ~。でも、ゆうもすごかったんだよ! あんなに大きな声出してるの、初めて見たかも!」

 ぷぷ、と笑って、リディ。


 佑介が主張していたのは、『リディは過去の記憶がなく家族もいない。部屋を借りるには保証人や身分証明書がなければいけないが、それがないから自分が助けた』ということ。それに対し駿河は『まずはきちんと段階を踏め』だった。つまり、役所への届けや、新しい戸籍の発行などである。


「結局、同じマンション?」

「そ! ゆうの部屋の隣なの」

 同棲を解消するならリディに新しい部屋を提供してくれ、と佑介が言い張り、駿河はを考慮した結果、たまたま空いていた佑介の隣の部屋を自分名義で借りたのだ。今はそこにリディが住んでいる。


「で、独り立ちしたやつがなんでここに?」

 半睨みの視線を投げると、リディはヴァルガに向かってキラキラした眼差しを向ける。

「私、が忘れられなくてぇっ」

 尚登が口元を歪める。リディが言っている『あの感覚』が何かを察したからである。

「もう一度、やらせてもらいたいなぁ、って思ってぇ」

 胸の前で指を組み、おねだりポーズをとる。


『やめておけ。大事故になる』

 呆れ声でヴァルガが言った。


 それもそのはず。前回、船で佑介が監禁されていた豪邸に向かった時、何を思ったかリディがヴァルガに『私も魔法が使いたい!』とのたまった。目の前でヴァルガが力を使っているのを見て羨ましくなったそうだ。それをまたヴァルガが面白がって、取り込んだ負のオーラをリディに付与したのだ。リディは目をキラキラさせて、魔法を放った。あの建物に向け、数発。炎の塊は建物の壁に大きな穴を開け、屋根をぶち破ったのである。


「大丈夫ですぅ! この前だって誰も怪我しないようにみんなに防御魔法かけてからやったでしょ? 私は尚登と違って、魔法使っても眠りこけたりもしないしっ」

 そう。さすがにリディは異世界で魔法を操っていただけあり、使い方もうまいし、自分に無理のない使い方を心得ているようなのだ。

「こんな街中で火の玉なんか出されたらかなわないよっ。あの破壊行為だって、説明するの大変だったんだからな!」

 尚登が文句を言うと、リディが口を尖らせる。

 爆発物などどこにもない状態で、あれだけの破壊をどうやって起こしたのか。鑑識もみな頭を抱えていた。結局、なにかのガスが爆発したような話で適当に収めたのだ。


「尚登のケチ」

「そういう問題じゃない!」


「それにしても……」

 唐突に話を変え、リディ。


「ヴァルガ様、もうだいぶ力溜めてません?」

 それは尚登も気になっていたのだ。尚登の力など借りなくても魔法を使っていたし、人の意識を乗っ取ったり、船を動かしたりもしていた。しかし当の本人はしれっと

『まだまだこの程度ではどうにもならぬ。それに、折角力を溜めたとて、ナオトが我にどんどん使わせるからな』

 と言ってくるのだ。


「んもぅ、尚登がしっかりしてくれないと困るんですけどぉ!」

 パスタを全て平らげ、ヴァルガに便乗したリディが不満そうにそう言った。

「はぁっ? お前に言われたくないわっ」

 食べ終わった皿を片付けながら、尚登。


「あ、ねぇ私いいこと考えたんだけどさぁ」

 ズイ、と身を乗り出し、リディ。何か良からぬことを言われそうな予感に、尚登が身構える。

「なに?」

「刑務所、っての? 捕まった悪いやつがいるとこに行けばさぁ、負のオーラだらけなんじゃないっ?」

 ねっ? ねっ? と得意げに言う。

「……まぁ、そうかもしれないけどぉ」


 それは尚登も考えなかったわけではない。負のオーラをたくさん集められそうな場所。それは確かにあるだろう。


「行ってきなよ、尚登!」

 まるでコンビニに行くかのような言い方でリディ。

「あのなぁ、用もないのに刑務所になんか行かないのっ」

「じゃ、用を作ればいいじゃない」

 簡単なことじゃない、と言わんばかりである。

「……考えておくよ」

 そう、はぐらかす。


 今の、この状況を一刻も早くなんとかしたいのであれば、それもいい。だが、最近尚登は、ヴァルガとの関係を楽しいと思い始めていた。便利であることも理由の一つかもしれないが、それ以上に、今まで味わったことのない高揚感というか、未知なるものへの興味のようなものがふつふつと沸きあがっているのだ。


「飯も食ったことだし、そろそろ帰れよ。佑介君に文句言われそうだからな」

 佑介は尚登に、必要のない宣戦布告をしている。リディへの想いが強いのだろう。尚登を訪ねてくることを快く思っていない。

 完全なる誤解なのだ。リディが思いを寄せているのは尚登ではないのだから。しかしそのことを説明することも出来ず……。


「仕方ないわね。あいつ、この前の誘拐事件以来、今まで以上に過保護なのよねぇ、まったく困ったもんだわ」

 肩を竦めて立ち上がる。


 と、そのタイミングでチャイムが鳴る。


「なんだ?」

 モニターを確認すると、

「……迎えに来たみたいだな」

 カメラの向こうにいるのは、佑介だった。


 ドアを開けるとムッとした顔の佑介。

「遠鳴さん、どうも」

「あ、うん」

「お邪魔します」

 どうぞという前にずんずんと部屋に上がり込まれる。ヴァルガは既に尚登の腕に納まっていた。反応が早い。


「リディ、迎えに来たよ」

「んもぅ、わざわざそんなことしなくてもちゃんと帰るわよぉ」

「わかってるけど。でも何かあったら困るし」

「なにもないってば」

「わからないだろうっ? この前のことだって、」

「はいはい、わかりましたぁ」

 ぷぅ、と頬を膨らませ、立ち上がる。


「大体、なんで遠鳴さんちに来る必要があるんだよ。彼のことが好きなの?」

 ダイレクトに、聞く。

「は? 私が尚登をっ? ……あははは! そんなのありえなぁぁい!」

 そう言って笑い転げる。失礼な発言だ。

「じゃあなんで、」

「色々わけがあるのっ。さ、もういいから、帰るよ!」

 佑介の腕を取り、玄関へ。


「じゃあね、尚登。お邪魔しましたぁ!」

 とっとと靴を履き、出て行く。佑介も後を追い、尚登をひと睨みして出て行った。


「……冗談じゃないよ、まったく」

 二人を見送りながら、尚登は溜息をついた。

『あんな跳ねっ返りのどこがいいのだろうな』

 ヴァルガが呟いた。

「まったくだよ」


 頷き合う二人であった。

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